エルガー最期の作品ミーナ
エドワード・エルガー:《ミーナ》
Mina for Small Orchestra(1933年)
エルガーがその生涯で最後に作曲した完成作品のひとつ、《ミーナ》は、愛犬ミーナ(Mina)への温かな愛情を音楽に託した、小編成オーケストラのための短い佳作である。作曲されたのは1933年、彼が晩年を病床で過ごしていた時期であり、演奏時間はわずか3分ほど。内容は軽妙洒脱ながら、どこか寂しさを含んだ音楽となっており、老いた作曲家のユーモアと情愛、そして晩年の感傷がさりげなく滲み出ている。
背景と作曲の経緯
《ミーナ》のタイトルは、エルガーが飼っていた3匹の愛犬のうちの1匹、ケアン・テリアのミーナの名前に由来する。他の2匹はメグ(Meg)とマルコ(Marco)であり、いずれもエルガーの晩年に寄り添った伴侶であった。フレッド・ガイスバークへと捧げられた。
オーケストレーションの特徴
機知に富んだ軽快なタッチと透明感のある色彩でまとめられている。編成は室内オーケストラ規模で、フルート、オーボエ、クラリネット2、ファゴット、ホルン2、弦楽五部、グロッケンシュピール、トライアングル、チェレスタなど。音の配置には慎ましやかさと遊び心が見られ、小品ながら精巧に練り上げられた佳作として再評価が進んでいる。
録音とテンポの問題
1934年、エルガーの生前に行われた録音でJ・エインスリー・マレイがこの作品を指揮したが、この初録音を聴いたエルガーは**「テンポが速すぎる」と不満を漏らしたことが記録に残っている。録音技術者でエルガーと親交の深かったフレッド・ガイスバーク**が再生した音源に対し、エルガーはやや苦笑しながらそのテンポ設定に首を傾げたという。
この反省が後の演奏に反映され、サー・ネヴィル・マリナー指揮のアカデミー室内管弦楽団盤や、リチャード・ヒコックス指揮のBBCナショナル管弦楽団盤では、エルガーの意向を汲んだよりゆったりとしたテンポで演奏されており、現在はこちらの解釈の方がスタンダードとされる傾向にある。
評価と意義
《ミーナ》はエルガーの主要作品群とは異なり、大規模な構造やドラマを備えた作品ではないが、彼の私的な感情の吐露として、また愛犬との静かな交流を描いた音の素描として、独自の価値を持つ。作品に流れる優しい旋律と、最後の静かな終止感は、まるで人生の黄昏を音に描いたかのようである。生涯を通じてエルガーはこのような小品を作曲し続けている。
作品によってはエルガーの成長とともに作風もかなり変化している例も見受けられるのに対してこと小品に関しては一環した作風となっている。
最初期の作品と最後の《ミーナ》を比べてみても同じような感じの曲となっている。
彼の作曲の原典は彼の幼少期の、あのブロードヒースの情景が変わらずにあり続けたという。
短いながらも、エルガーの人柄と晩年の音楽観を象徴するような作品。それが《ミーナ》である。
日本では、ただ一度だけ(おそらく)ピアノ五重奏編曲版であるが演奏が行われている。
2024年10月5日 かなっくホール
エルガーの室内楽 演奏会 90th Anniversary of Elgar主催 Ensemble
Akkord
後援 日本エルガー協会 英国エルガー協会