ピアノ五重奏曲管弦楽版
エルガー:ピアノ五重奏曲(ドナルド・フレイザー編曲・管弦楽版)
ドナルド・フレイザーによるピアノ五重奏曲の管弦楽編曲は、想像以上に見事な仕上がりである。そもそも、なぜこの作品をあえて管弦楽に編曲する必要があるのかと訝しむ向きもあるかもしれない。しかし、実際にこの編曲版を耳にすると、その疑念はすぐに払拭される。ここまで完成度の高い編曲で、原曲の持つ情感と構造を的確に拡大・昇華させている例は稀である。
特筆すべきは第2楽章である。原曲でも屈指の叙情性を湛えるこの楽章は、オーケストレーションによってその美しさがさらに強調され、まるで現世のものとは思えぬほどの幽玄さを帯びている。まさに、この管弦楽編曲によってこそ最大限に引き立つ美であると断言できよう。
本編曲については、一部では「エルガーの交響曲第4番」あるいは「エルガーの戦争交響曲」との異名すら冠されており、それほどまでにシンフォニックな拡張がなされていることを物語っている。交響曲第1・第2番、未完の第3番、そして交響的な構想を孕んだ諸作品と並び立ちうる、エルガーの精神の別の肖像であると評価できる。
ちなみに、エルガーの「交響曲第0番」とも呼ばれる作品があるが、それはオルガン・ソナタ第1番の管弦楽版を指す。この編曲もまた、エルガー作品の隠れた可能性を浮き彫りにした好例である。また、歌曲集《海の絵(Sea Pictures)》の合唱版も忘れてはならない優れた編曲の一つであり、原曲の詩的世界を一層拡張する表現となっている。
いずれの編曲においても、ケネス・ウッズの指揮は実に的確であり、それぞれの作品が本来内包する響きと表情を巧みに引き出している。特に、ピアノ五重奏曲編曲版の終楽章におけるクライマックスの構築には、原曲以上の劇的緊張感すら感じられる。エルガー後期の陰翳に富んだ精神性を、オーケストラという拡大鏡を通して見事に再現した演奏といえよう。
このような試みは、エルガーの室内楽の再評価、さらにはその交響的想像力の新たな照射という点においても、極めて意義深いものである。エルガーの作品世界を深く愛する者であれば、ぜひとも耳を傾けておきたい一枚である。