ELGAR'S TENTH MUSE
TVドラマ
ELGAR'S TENTH MUSE
第10番目の女神
Sir Edward ElgarJames Fox
Lady ElgarFaith Brook
Jelly d’AranyiSelma Alispahic
Billy ReedRupert Frazer
1996 Channel Four Television
51分
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【Synopsis】
アンドルー・デイヴィスの指揮の下、BBC交響楽団によるエルガーのチェロ協奏曲のセッションが行われている。場所はどこかの教会の内部(恐らくロンドン、Tootingにあるオール・セイント教会)。ナタリー・クレインの咽び泣くようなチェロの音色が響き渡る。そこにヒッソリと60歳くらいの年齢のエルガー(の亡霊?)が姿を見せて演奏を聴き入っている(この辺の手法はケン・ラッセルの2002年版「新エルガー」と似ている)。目を閉じて回想する作曲者。
時は1919年、場所はウェスト・サセックスのフィトルワース近郊の山荘「ブリンクウェルズ」。エルガーの親友でありアドヴァイザー的存在のW・H・リード(愛称ビリー)がエルガー夫妻を訪ねてやって来る。前年に終結した第一次世界大戦は、あまりにも多くの事柄を変えてしまった。強い衝撃を受けたエルガーは、ますます隠遁の度合いを強くしつつあった。さらに妻アリスの健康状態もすぐれず、作曲活動は滞り勝ち。妻の病状が心痛の種のエルガー。エルガーの創作の炎が燃え尽きてしまったのではないかと不安を募らせるビリーとアリス。アリスがビリーに苦渋の表情で語った。「かつて私は彼の女神だった(でも今は・・・)=I was his Muse(But not now....)」
そんな作曲家を励まそうと懸命のビリーは、ハンガリー出身の新進のヴァイオリニスト・ジェリー・ダラニーのリサイタルに招待する。妻の薦めもあってエルガーはロンドンへと出かけて行く。そこで、エルガーは若くて美しく、そして快活なジェリーに出会う。パーティーの席上意気投合する二人。
後日、エルガーの眼前でヴァイオリン・ソナタの第2楽章を弾き、その作品の美しさに思わず感銘を受けるジェリー。今、彼女の尊敬の念は愛情に変ろうとしていた。エルガーはアリスにジェリーが如何に彼の作品を共感深く素晴らしく演奏したかを聞かせる。アリスには不安を拭い去ることができない。今、自分がいなくなったら彼の心は自分のことを忘れて自分から離れて行ってしまうのでは・・・。
1919年10月25日、ウィグモア・ホールにて開かれた彼女のリサイタルは大喝采を浴び成功を納める。本番中、誰もいない楽屋を訪ね、一枚のメモを残してエルガーは立ち去る。そこには「To My Darling 10th Muse. E. E.」の文字。「10番目の女神ってどういう意味?」と訊ねるジェリーに「シェイクスピアさ」と答えるエルガー。
そして、1920年2月、ジェリーはエルガーとアリスのためにプライヴェート演奏を行うためにエルガーのロンドンの家「セヴァーン・ハウス」を訪ねる。そこで(死の直前の)アリスと最初で最後の対面を交わすジェリー。ジェリーの演奏がソナタ第2楽章中間のテーマにさしかかった時、その切ない響きで涙にくれるエルガーとアリス。戦争で失った恋人(?)の幻影に悲しみを募らせるジェリー。さらにジェリーにとっては、彼ら二人の堅い愛情を目にして何か裏切られたような心境だった。
1920年4月にアリスがこの世を去った数ヵ月後、エルガーからジェリーへと電話が入る。久方の再会で二人はハムステッド・ヒースを散策。しかし、些細な事柄からちょっとした口論となってしまう―それは先の戦争における微妙な立場の違いから来るものもあった(英国人エルガー、対する敵国ハンガリー生まれのジェリー)。エルガーのちょっとした行動から二人のロマンスの終結は唐突に訪れたのだった。
冒頭のチェロ協奏曲セッションの場面。クレインの哀愁に満ちた第3楽章の演奏が終わった。その場を静かに立ち去る作曲者―足音がフェードアウトしていく・・・・。
【解説】
エルガーが作品創作の際に数多くの女性たちからインスパイアされたことはよく知られている。その中でも妻アリスを除いて最も強い影響を与えた存在としては、アリス・ストュワート・ワートリー(ウィンドフラワー)がいる。ここで取り上げられたジェリー・ダラニーとのエピソードは実際のところ大して大きなウェートを占めていない。1969年にジョゼフ・マクレオードが著した「ダラニー姉妹(The Sisters d'Aranyi)」(http://tinyurl.com/6dwq9o)が原作となっているようだが、エルガー側の資料でジェリーのことを触れているものはほとんどなく、マイケル・ケネディの「エルガーの肖像」(http://tinyurl.com/6l6ppr)に数行の言及があるに過ぎない。「エルガーの肖像」で語られているのは、エルガーとダラニーがパーティー席上でお互いに自己紹介した際のこと。そして1919年のリサイタルと1920年のアリス眼前でのプライヴェート演奏と二人の破局の模様が触れられている。この破局に至ったエルガーのちょっとした行動については、事実を知るのは当事者の二人だけであり、真相は藪の中。このドラマではその辺はイマジネーションを膨らませて撮影しているものと思われる。
サントラとして使われているのはチェロ協奏曲第3楽章とヴァイオリン・ソナタの2つのみ。チェロ協奏曲はナタリー・クレインの独奏、アンドルー・デイヴィスの指揮でBBC交響楽団が実際に出演している。そして、ジェリーがヴァイオリン演奏するシーンではマキシム・ヴェンゲーロフの演奏が使用されている。また、劇中ヴァイオリン・ソナタがオーケストラ編曲されたものが流れるのだが、これが実に美しい仕上がりとなっている。映像の見事さと相まって哀愁に満ちており、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」を思わせる幽玄さを感じさせる。さらにソナタと協奏曲をキャラクターによってうまく使い分けており、より一層効果を上げることに成功している。ソナタは主にジェリーのテーマ的扱いを受け、協奏曲はアリスのテーマ的扱いで対照的効果を上げている。
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「ダラニー姉妹」を原作として、考証的にも正確たらんとする姿勢が細かい部分に表れているのも好感材料である(その分ドラマとしての面白さは後退しているが・・・)。例えば、「セヴァーン・ハウス」の描写など、かなり忠実な再現といえる。この建物は現存していないのであるが、家の周辺の景観、特に家の前の坂道などオリジナルにかなり近い。さらに地下にあった音楽室のインテリアもよく再現されている。更に細かい部分を上げれば音楽室の壁面の再現がいかに忠実かが、Collinsから出ていたマリナー指揮によるエルガー交響曲第1番のCDジャケットに使用された写真と比べてみればよくわかる。
また、二人の破局とも無関係ではない当時の第一次世界大戦という背景が所々に影を落としている。それはアリスとジェリーの会話の中にも表れている。
アリス「あなたは英語以外にどんな言葉が話せますか?」
ジェリー「私の両親がフランス語とイタリア語を、私はスロヴァキア語にルーマニア語を」
アリス「ドイツ語はどう?夫の作品はドイツで大変評価されたのです」
ジェリー「・・・・」(困惑)
ビリー「彼女はハンガリー出身なのです」
と、場は一気に気まずくなってしまう。
その他、細かい描写として挙げられるのは、パーティー席上「交響曲第3番は作曲しないのか?」という質問にエルガーが狼狽するシーンがある。ドラマ中では、一種のスランプ状態にありながらも第2交響曲が評価されるようになり3番も期待されていた時であるから、当然そういうシュチエーションもあり得たはず。さらに現実の世界ではペインによる補完が行われており、ちょうどその頃(このTVが放映された1996年当時)、補完を巡って論議が交わされていた時期でもあったのだ。
また、キーマンとしてW・H・リードの存在がドラマの進行をよりスムーズなものとしている。アウグスト・イェーガー(ニムロド)亡き後、エルガーの良きアドヴァイザー的存在となった彼の描写も非常に的確なものといえる。
当時ジェリー・ダラニーは既にトップ演奏家としての地位を築いていた。その後レイフ・ヴォーン=ウィリアムズから1925年にはConcerto in D minor(コンチェルト・アカデミコ)を献呈されている。またラヴェルやバルトークをレパートリーとし、これらの作曲家からの信頼をも勝ち得ていた。彼女は1966年に没している。
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