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愛の音楽家エドワード・エルガー

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エルガーがここに住んだ時期=1929〜1934
 この家で作曲された主な作品
  管弦楽曲《セヴァーン組曲》(1930)
  管弦楽曲 行進曲《威風堂々第5番》(1930)
  管弦楽曲 組曲《子供部屋》(1931)
  管弦楽曲 《ミーナ》(1933)

 

 1929年にストラットフォード・アポン・エイヴォンの「テディントン・ハウス」から1年振りにエルガーはウースターへ戻って来た。街の中心部から北東のはずれにあるレインボー・ヒルと呼ばれる小高い丘の上にある家の窓からはウースター大聖堂とセヴァーン川、そしてモールヴァン・ヒルまでもが見渡すことができた。この家は1968年に取り壊されてしまって、今は別の建物が建てられており、その家の外壁には「エルガー・コート」と表示されている。エルガーが暮らしていた当時は静かで豊かな自然に囲まれていたのであろうが、現在は交通量の多い道路が横を通っており、ただうら寂しいだけの殺風景な場所というイメージだった。エルガーゆかりの地にしては、ここだけは他の場所と少し雰囲気が違うようだ。

 

 この家で、エルガーは愛犬たちと暮らしながら最後の作品を書き続ける。《威風堂々第5番》は23年前に作曲された《第4番》の続編で、これが最後となる。《セヴァーン組曲》は故郷セヴァーン地方の自然を描いたもので、後にウースター大聖堂のオルガニスト、アイヴォー・アトキンスにより《オルガン・ソナタ第2番》(1933)として編曲される。作品として生涯最後に完成したのが小曲《ミーナ》だった。これはエルガーのテリア犬ミーナの名前がつけられた。EMIスタジオではエルガーの作品の録音が行われていたが、エルガーはガンの末期症状のためベッドに寝たきりでマイクロフォンを通じて演奏の指示を送った。彼の代役としてローレンス・コリンウッドがタクトを握っていた。

 

 エルガーはここで《交響曲第3番》、歌劇《スペインの貴婦人》の作曲に取り組むが、1934年2月23日は志半ばにして亡くなってしまう。

 

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