エルガーの音楽に介在する2面性

愛の音楽家エドワード・エルガー

エルガーの音楽に介在する2面性

 

 エルガーといえば、第2の国家ともいうべき《威風堂々》を作曲しているだけあって保守的でガチガチの愛国主義者の典型と思われる傾向がある。しかし、彼の作品には不思議な2面性が存在することに気がつく。
 エルガー自身の人生においても激しい葛藤があったことが、ケン・ラッセルの「ある作曲家の肖像/エルガー」(1962年BBC制作)の中でも描かれている。自分の気持ちを曲げてまでも、作曲家として認めてもらうため、また生活のために国威高揚的な作品を書かざるを得なかったエルガー。嫌悪感に駆られたエルガーは、しばしば王室に対して露骨な批判めいた発言をしている。
 例えば、《威風堂々》を初めとする行進曲、《交響曲1番》と《2番》、《戴冠式頌歌》、《英国精神》といった一連の作品がこういう国威高揚的な作品のカテゴリーにあてはまるだろう。それは正にエルガーが楽譜に好んで書き入れた指定記号"Nobilmente(高貴に)"という言葉こそが、それらの作品のイメージそのものであろう。多分に都会的で洗練された優雅さをイメージさせる、こういう作品が作曲されたのは、1901年から1910年の間に多く、それは彼が作曲家として国際的に認められた時期にちょうど一致する。こういった作風は、後にウォルトン、コーツ、ブリス、ティペットらによって継承されることになる。そして同時に「マーチのエルガー」というイメージが定着してしまっていたことにエルガーは不快感を抱いており、その固定されたイメージと闘い続けなければならなかった。
 一方、彼が生まれ育った故郷ウースター地方の豊かな自然に触発されて作曲された数々の作品はエルガーの生き生きとした生命感あふれるものとなっている。例えば、《弦楽セレナード》、《エニグマ変奏曲》、《序奏とアレグロ》、《ゲロンティアスの夢》、《愛の挨拶》など。「音楽は私を取り巻く空気の中にある。だから私は野外で作曲する。家ではそれらを書きとめるだけだ」「木々が私の曲を歌っている。それとも私が木々の歌を歌うのか」というエルガー自身の言葉にあるように、それらはウースターやモールヴァン・ヒルの自然にインスピレーションを与えられて、ストレートで素朴なモチベーションによって作曲されたものだ。こういう作品は生涯を通じて現れているのだが、特に《エニグマ変奏曲》で名声を獲得する以前の早期(1889年以前)と第1次世界大戦の喧噪を避けてウェスト・サセックス州、フィトルワース近くの山荘「ブリンクウェルズ」にこもるようになった以降(1917年以降)の晩年に多く見られる。英国の美しい田園風景を思わせる、これらの作風はヴォーン・ウィリアムズやディーリアス、ハウェルズ、ウォーロックらへと受け継がれる。
 もっともエルガーの作品が、この2つの要素にきっちりと分けることができるというわけではない。作品によっては2つの要素を併せ持つものもある。彼の作曲活動は常にこの2つの側面が激しく衝突を繰り返していたのだが、時にはこの2つの側面が見事に融合した調和のある作品も見受けられる。例えば、《交響曲第1番》の第4楽章で、4楽章の主要主題が弦のユニゾンで歌うと、それにモットー主題が優しくかぶさってきて、やがて豊かな響きでブレンドされ融合してゆく(楽譜番号130〜133=トムソン盤7分36秒)。モットー主題は、前者「ロンドン的カテゴリー」であり(便宜上このように呼称)、第4楽章主題は「ウースター的カテゴリー」である(同じく)。
 また、当初交響曲のつもりで書き進められたという序曲《コケイン》などは、2つの側面のギャップをうまく表しておりユニークな仕上がりとなっている。それはちょうどガーシュインの《パリのアメリカ人》を彷彿させるものがある。パリの街中を散策するアメリカ人がガーシュインであるのと同様、ウースターから大都会ロンドンに出かけた田舎者(エルガー自身)が戸惑いと驚きを隠しきれない様子が描かれているかのようだ。正にエルガー版の《パリのアメリカ人》ならぬ「ロンドンのウースター人」といったところか。

 

〔参考CD〕
*《交響曲第1番(Symphony No.1 in A flat major, op. 55)》トムソン指揮/LPO
 筆者がデータを収集している中では、最も遅い演奏(57分)。大体、《1番》の演奏がいい指揮者の《2番》がダメだったり、またその逆だったりというパターンが多い中、両方とも素晴らしいのは、ボールトとトムソンだけだと思う。普通、このように遅い演奏だと間延びして緩慢になってしまうのだが、そうはならない。トムソンの資質がエルガーと同化しているからだろう。全曲通じて、前述した2つのキャラクターを、これほど瑞々しく描き切った演奏はない。録音場所となったオール・セイント教会の素晴らしい残響効果が、それをより一層引き立てている。トムソンは、筆者が最も高く評価している「エルガー指揮者」の1人で、早過ぎる物故が本当に惜しまれる。彼の録音によるエルガーの全集が聴いてみたかった。特に《ゲロンティアス》を録音することなく終わってしまったのは残念だ。
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*序曲《コケイン(Cockaigne, op. 40)》(ロンドンの町にて(In London Town))マッケラス指揮/LSO
 《コケイン》とは、「理想郷」といったような意味であり、また首都ロンドンそのものを指す。ロンドン子独特の言葉「コックニー」から来ているようだ。マッケラスの指揮は溌剌とした首都ロンドンの活況をうまく表している。「異邦人の目から見た都会ロンドン」としての表現として、アメリカ生まれのオーストラリア人マッケラスは正にピッタリなのだろう。ウースター人エルガーもオーストラリア人マッケラスも、全く非ロンドン人というわけではない、というのも同じ条件だ。このマッケラス盤は《交響曲第1番》とのカップリングなのでお得。この《1番》の方も充分推薦する価値が大ありだからだ。特に3楽章、4楽章が愛情と共感に溢れた演奏である。
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