ウッド・マジック・・・最大の悲しみ

愛の音楽家エドワード・エルガー

ウッド・マジック・・・最大の悲しみ

 

 

 1917年エルガー60歳の時、アリスは68歳になっていた。この頃になるとアリスの体調が思わしくなかったので、養生のためにまた夏の間に滞在する別荘を探すことになった。ウェスト・サセックス州のフィトルワース近くの山荘を見つけ1917年の5月から借りることになった。そしてこの家は「ブリンクウェルズ」と名付けられた。ここも「バーチウッド・ロッジ」同様、四方森に囲まれた環境にあり、エルガーの創作活動には最高の条件を提供するものであった。アリスの静養という面においても有効であったが、反面、人里離れた場所のため彼女の容態が急に悪くなった時に医者に診せるためには不便を強いられるという結果にもなった。
 戦争がエルガーの周りの何もかもを狂わせてしまった。彼の作品は「時代遅れ」の烙印を押され、世評の冷たい攻撃にさらされることもあった。またエルガーの作品を最初に評価してくれたドイツでも敵対国の作曲家ということで人気は凋落してしまっていた。心身共に疲れ果てたエルガーもまた体調を崩してしまい静養を求めていた。
 しかし、この美しい環境で作曲された作品群は《ヴァイオリン・ソナタ(Sonata in E minor for violin and pianoforte, op. 84)》(1918)、《弦楽四重奏曲(String Quintet in E minor, op. 83)》(1918)、《ピアノ五重奏曲(Quintet in A minor for strings and pianoforte, 84)》(1919)、《チェロ協奏曲(Concerto in E minor for violincello and orchestra, op. 85)》(1919)という内省的な室内楽を中心としたものだ。これらの美しい作品群を、アリスは「ウッド・マジック=森の魔法」と呼んだ。エルガーの言葉「木々が私の曲を歌っている。或いは私が彼らの曲を歌うのか」という言葉は生き続けている。地味ではあるが、エルガーが作曲家として達した最後の境地と言えるだろう。どれもこれも郷愁と懐古に満ちた白鳥の歌を思わせる清らかさを持っている。特にアリスが気に入っていた作品ばかりである。2人とっては、この世で過ごした最後の楽しい夏であった。
 そして1920年4月7日、アリス・エルガーはロンドンの「セヴァーン・ハウス」で71歳の生涯を閉じる。最期はエドワードの腕に抱かれて静かに息を引き取った。死因は心臓と腎臓の疾患と伝えられている。葬儀はリトル・モールヴァンのセント・ウルスタン教会にてしめやかに行われた。エルガーは書いている。「私が成し遂げたことは妻のお陰によるものが大きい」「彼女がずっと以前に(自分の埋葬場所に)選んだここはあまりにも美しい。花は白く咲き誇り、どこまでも広がる大地。丘も教会も彼女が子供のころから時を隔てていても何もかもが変わらず同じ風景だ」今その言葉は墓の傍らの掲示板に書かれている。墓石はトロイト・グリフィスのデザインによって建てられた。そして、ウィリアム・ヘンリー・リード、アルバート・ザモンズ、レイモンド・ジェレミー、フェリックス・ザルモンド(この曲の初演メンバー)らによって墓前でアリスの好きだった《弦楽四重奏》の緩除楽章が演奏された。それは春の日差しの暖かな日だった。

 

〔参考CD〕
*《ヴァイオリン・ソナタ》 加藤知子(V)ほか (COCO-80813)
特に第2楽章が素晴らしい。メンデルスゾーンの《スコットランド》を思わせる憂いに満ちた曲相がしみじみとしている。日本人としてエルガーにこれだけ共感している演奏というのも珍しい。
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*《弦楽四重奏曲》 ソレル・カルテット
 冒頭いきなり不協和音にドキリとさせられるが、曲が進むにつれてエルガーらしさが表れてホっとさせられる。特にアリスの愛した第2楽章は懐かしさにあふれている。エルガーは作曲を始めた初期の頃から習作を含めて何度か《弦楽四重奏曲》の作曲を試みているが、いずれも未完成に終わっている(或いは他の作品に転用)。それだけにエルガーにとって、この曲の完成は特に感慨深いものがあったようだ。
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*《ピアノ五重奏曲》 ソレル・カルテット
 映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」のサントラ作曲家バリントン・フェロングは、エルガーを意識した曲作りに徹したという。フェロングが意識したというのは《ピアノ五重奏曲》の緩除楽章のことではないだろうか。部分的にドビュッシーかラヴェルを思わせる響きが聞かれる瞬間がありハッとさせられる。
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*《チェロ協奏曲》 バルビローリ指揮/デュ・プレ(C)ほか
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ウッド・マジック・・・最大の悲しみ記事一覧

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