ノリントンのエルガー

ノリントンのエルガー

 

 

日時:2001年11月16日(金)
会場:サントリーホール(東京)
曲目 モーツァルト/魔笛序曲
    ベートーヴェン/交響曲第2番
    エルガー/交響曲第1番
指揮:サー・ロジャー・ノリントン
管弦楽:シュツゥットガルト放送交響楽団

 

 

 これまでノリントンという指揮者を過小評価し過ぎていたということを思い知らされた演奏だった。どちらかというと同じ古楽畑のガーディナーやアーノンクールという人たちの派手な活躍に隠れてしまっている感があったので、彼らと同様なタイプくらいとしか認識していなかった。ノリントンの指揮するCDは、我が家にどれくらいあるのかを調べてみると、クラシカル・プレイヤーズとのベートーヴェン交響曲第2、8番と第9番。それに「ドイツ・レクイエム」、プロムス・ラスト・ナイト・セレクションと、シュツットガルトとのエルガー1番、それにモーツァルト39番のリハーサルと本番の映像という具合に、思っていたよりは多かった。その中で印象に残るものといえば、奇しくも今回のプログラムと同じで、ベートーヴェン2番とエルガー1番ぐらいだった。特にエルガー1番は、BSで放送されたベルリンフィルとのライブ映像と比べても興味深いとは思っていたが、それほど感動させられるというまでに至っていなかった。しかし、やはり実演を聴いてみないとわからないものだ。
 エルガーの1番は、事前にいくつか確認したい項目があった。まず、CDで発売されたエルガーの1番のピッチが低く聞こえるのはなぜかという点。ノリントンが元々古楽奏者であることはもちろん知ってはいた。しかし、この演奏はモダンオケのはずなのに、古楽器のような音に聞こえるのだ。さらに不思議なことに、同じモダンオケであるベルリンフィルとの演奏では、ごく普通のピッチで聞こえている。まさか、ブリュッヘンのように古楽器と現代楽器を混ぜているのか?また、自分がシュトゥットガルトに就任する際に手兵のクラシカル・プレイヤーズの面々を一緒に引き取ることを条件にポストに収まったのか?など勝手な憶測をしてみたりする。
 しかし、これは自分の勉強不足であった。当日のプログラムや、ノリントンに関する専門サイトを見て謎が解けたのである。要は奏法の違いなのだ。というか古楽器と同じような調律にして古楽器流の奏法に変えるだけで、これだけ違って聞こえるということがわかった。しかも同じような試みをやっている他の演奏、例えば小澤征爾による「マタイ受難曲」などよりもかなり徹底している。
 しかし、ベルリンフィルでは普通に聞こえるというのは、どういうことなのか?考えられる解答としては、1.ノリントン自身の考えで、あえてこのやり方をやっていない。2.ベルリンフィルが拒否した。3.1と2の中間として、ノリントンがベルリンフィルに、この方法をやらせるのを遠慮してしまった。
 その後、上記の専門サイトの管理人の方より「ノリントンがベルリンではそれほど奏法を徹底できていないとすれば、やはり練習時間の問題でしょう。本人によれば、モダンオケでノンビブラートなどの奏法を十分にこなせるようになるには、それなりに時間がかかる(シュトゥットガルトで3年かかったと言っていました)ので、なかなか客演だけでは、掘り下げたことができないようです」との教示をいただいた。なるほど納得。確かに1997年頃のシュトゥットガルトでのリハーサル映像を見ると、今ほど音色は完成されていない。
 次にテンポの設定。ベルリンフィルでのライブ、CDの演奏、そして今回の演奏とそれぞれテンポ設定が違うように思う。ただ、どの演奏もかなり速めであるという点は大体一緒。特に印象に残る特徴としては、同曲演奏史上最速ではないかと思われるような第4楽章のアッチェラレント。これがそれぞれ3つの演奏で、アチェラをかけるポイントが微妙に違っている。ベルリンでは、第4楽章が始まるとほぼ同時にアッチェラレントをかけているが、CD演奏では曲の後半、特に練習番号130番あたりから速くなって、ベルリンの時よりも短く第4楽章が終わってしまう。
 今回はどうか?第4楽章のアッチェラの位置は、大体CDと同じあたりからであった。しかし、今回の演奏では、ベルリンともCD演奏とも違うテンポ設定なのだ。第1~3楽章が実にゆったりとしたテンポを取っていたのである。特に第2楽章のスケルツォに関しては、CDでの演奏は7分49秒(平均7分12秒)と同じようなテンポなので、演奏史上最遅なのではないか?アダージオに関しても速めのベルリン、CDと比べても随分ゆっくり目だったような気がする。(タイムテーブル参照)

 

Conductor Orchestra 1st mov. 2nd mov. 3rd mov. 4th mov. Total Note
Norrington RSS 0:18:340:07:49 0:10:400:10:36 0:47:39 
Norrington BPO 0:19:000:07:550:12:020:10:460:49:43Live in Berlin
# norrington

 

 ノリントンは、この曲を振る時は、魔笛やベートーヴェンとも明らかにカオツキが違う。これはベルリンで、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の後にこの曲を指揮する時に見せた表情の変化と同じだ。「さあ、これから本当のオレを見せてやる」という目つきなのだ(実際には席がC席なので後ろ姿しか見えていないのだが、そう感じさせるオーラがあった)。ベルリンやCD演奏ではよくわからなかったが、ノリントンが「本当はここではこうしたかったのか」などと思わず唸ってしまう瞬間がいくつもあり、息つく暇もなく約50分が過ぎていた。元々ノリがよく演奏効果抜群の曲なので、「ブラボー」が連発されていたが、その後の各所での反応を見ても、実際素晴らしい演奏と判断して間違いないだろう。今まで実演で聴いた中では尾高/BBCウェールズに迫るものがある。自分的にはコリン・デイヴィス/LSOをも上回っている。

 

 

この日のちょっとしたウラ話

この演奏会の日、ちょっとしたウラ話がある。

 

この演奏が行われたサントリーホールの近くに「FISH」というカレー屋さんがあった。今は移転してしまったのでここにはないのだが、なかなか美味しいカレー屋さんだった。

 

この日の開演前にこのカレー屋で食事をしている時、ふと隣の席を見ると、なんと人気音楽評論家の宇野功芳氏がいるではないか!
失礼とは思いつつ、お声がけしてみた。ただのファンだと思われるのはイヤだったので、名刺を差し出して「同業者」としてご挨拶申し上げた。
当時は氏も音楽の友社のライターでもあったので、とりあえず同業者ということで。

 

やはり最初に声をかけた時も氏は一瞬イヤそうな表情を浮かべた。
「またか!オレのファンって、変なヤツが多いからな・・・」とでも言いたげな表情。
しかし、同業者である旨を伝えると一転表情は穏やかに。

 

色々話した中で氏が身を乗り出してきた話題がガリー・ベリティーニのこと。
氏がかつて音楽の友のコンサート評でベルティーニが都響で指揮したブラームスのドイツレクイエムを絶賛しており、たまたまその演奏の合唱団に参加していたということを伝えると、氏は「で、ベルティーニってどんな指示だしてたの?」などと質問してきた。
フレーズを大切にしてフォルムをキチンと整える指揮者であったことを伝えると、納得した表情を浮かべていた。

 

この時、氏には話せなかったのであるが、その氏がコンサートを絶賛したことを、我が合唱指揮者だった関谷晋先生は激怒していた。
「あんなのに褒めらたってことはダメだっってことじゃないか!」
関谷先生は宇野先生のことが大嫌いだったのだ・・・。

 

 

そして、コンサート。
予想はしていたけど氏のお目当てはノリントンの指揮するモーツァルトとベートーヴェン。
エルガーが始まる前にさっさと帰ってしまった。家も遠いというのもあるのだろうが、あの人らしいなと思った。
ちなみに、あの方は演奏に対して拍手しない人らしく、ちかくに座っていた某若手音楽ライターさんが呆れていた。
「せめて拍手くらいしろよ!」

 

面白い体験のできた一日であった。
写真はその日に名刺交換した時に頂いた氏の名刺である。我が家の家宝である。

ノリントンのエルガー

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〔《交響曲第1番》のスコア〕
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