愛の音楽家エドワード・エルガー

序曲《南国にて(In the South, Alassio)》Op.50

エルガーの序曲《南国にて(In the South, Alassio)》Op.50は、1903年から1904年にかけてエルガーがイタリア旅行中に構想し、1904年3月16日にロンドンで初演されたコンサート用の序曲である。この作品は標題的性格を持ちながらも、形式的には交響的展開を備えた構築性の高い音詩として評価されている。

 

■ 概要と成立の背景

エルガーは1903年末から1904年初頭にかけて、イタリアのリヴィエラにあるアラッシオ(Alassio)で休暇を過ごしていた。当初は南国の静けさに触発された「交響詩」や「弦楽セレナーデ」を書く予定であったが、旅の最中に出会ったローマ的遺跡や古代ローマ軍隊のイメージ、さらには自然と歴史が融合する地中海世界の風景に深く感銘を受け、より壮大で構築的な作品へと発展させた。

 

■ 構成と音楽的特徴

作品は単一楽章ながら、複数の主題群が交響詩的かつソナタ的に展開される構成となっており、おおまかに以下のようなセクションに分かれる:

 

1. 冒頭のファンファーレと序奏(Allegro vivace)

 力強い金管のファンファーレと弦の激情的な動きによって幕を開ける。これは「ローマ軍団」のイメージに由来する主題であり、重厚で英雄的。全曲を貫く動機的素材の核となる。

 

2. 第1主題(Allegro)

 弦と木管により展開される明快で躍動的な主題。イタリアの太陽と地中海の風を思わせる快活さと明朗さを備えている。

 

3. 第2主題群(Tranquillo ~)

 ここでは、より抒情的な旋律が登場し、エルガーらしい「ノビルメンテ(Nobilmente)」の精神が宿る穏やかで豊かな響きが展開される。

 

4. “Canto Popolare”(民謡風の挿入部)

 ヴィオラによる独奏で提示される最も有名な旋律。エルガーが「イタリア民謡風」と記したこの主題は、実際には自作であるが、エキゾティズムと憧憬に満ちた旋律美で広く愛されている。後年この部分だけがしばしば独立して演奏される。

 

5. 展開部とクライマックス(Piu mosso)

 冒頭の軍楽的主題が再登場し、全体が交響的に構築されていく。複数の主題が重層的に絡み合い、金管の咆哮によってクライマックスを迎える。

 

6. コーダ(Calmato – Maestoso)

 冒頭の素材が再び現れ、まるで古代の幻影が音のなかに甦るような終結部へと至る。最後は「Maestoso」指示のもと、輝かしい凱歌のようなフィナーレとなる。

 

■ 音楽的意義と位置づけ

《南国にて》は、エルガーの「ローマ的交響詩」とも呼べる作品であり、標題音楽と純音楽の融合の試みとして興味深い。形式的には交響曲に近く、特にリズムと動機の扱い、主題間の関連性などにおいて、後の《交響曲第1番》(1908年)への橋渡し的な位置づけにある。

 

また、エルガーの音楽語法がロンドンから国際舞台へ向かって解放されていく過程で生まれた作品でもあり、英国内外でその名声を高めた重要作である。

 

■ 演奏と録音

この作品は、ヴィオラの美しい独奏を含むため、ヴィオラ奏者にとっても注目される機会が多く、サー・エードリアン・ボールトやサー・コリン・デイヴィスなど、英国を代表する指揮者たちによってしばしば取り上げられてきた。特に「Canto Popolare」はアンコールとしても親しまれている。

 

 

序曲《南国にて(In the South, Alassio)》Op.50における主題配置と、「Canto Popolare」の旋律

 

主題配置図

この作品は単一楽章ながら、複数の主題が交錯し、交響詩的な構造を形成している。以下に主要な主題の配置を示す:

 

冒頭のファンファーレ主題(Allegro vivace)

金管楽器による力強いファンファーレで始まり、ローマ軍団の行進を想起させる。

 

第1主題(Allegro)

弦楽器と木管楽器による明快で躍動的な旋律。地中海の陽光と風を感じさせる。

 

第2主題群(Tranquillo)

抒情的な旋律が展開され、エルガー特有の「ノビルメンテ(Nobilmente)」の精神が表現される。

 

“Canto Popolare”(民謡風の挿入部)

ヴィオラ独奏による哀愁を帯びた旋律。エルガーが創作したもので、イタリア民謡風の趣がある。

 

展開部とクライマックス(Piu mosso)

冒頭の主題が再登場し、交響的に構築される。複数の主題が絡み合い、クライマックスへと導かれる。

 

コーダ(Calmato – Maestoso)

冒頭の素材が再び現れ、荘厳な終結部となる。

 

「Canto Popolare」の旋律

「Canto Popolare」は、作品の中間部に登場するヴィオラ独奏による旋律であり、エルガーが創作したイタリア民謡風のメロディである。この旋律は、後に「In Moonlight」と題された歌曲や、ヴィオラとピアノのための編曲など、さまざまな形で発表された。

 

この旋律は、以下のような特徴を持つ:

 

調性:Cメジャー

 

拍子:3/4拍子

 

表現記号:「pp con molto espressione」

 

旋律の特徴:穏やかで抒情的な旋律が、ヴィオラの音色と相まって、哀愁を帯びた雰囲気を醸し出す。

 

この旋律は、作品全体の中で異なる楽器によって再現され、統一感を持たせる役割を果たしている。

 

このように、《南国にて》は、エルガーの作曲技法と美学が凝縮された作品であり、特に「Canto Popolare」は、その抒情性と旋律美によって、作品の中核を成している。

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