マール・バンク

エルガーとディーリアス──二つの孤高、交錯する精神

エドワード・エルガーとフレデリック・ディーリアスは、20世紀初頭の英国音楽界において、それぞれ異なる様式美を体現した存在である。エルガーはオラトリオと交響曲において壮麗な構築性を示し、ディーリアスは半ば印象主義的ともいえる繊細な管弦楽法と、輪郭の溶けるような和声で夢幻的世界を描いた。音楽語法も精神的背景も異なる二人であるが、その人生の晩年においては、奇しくも深い共感と交流が育まれることとなった。

 

エルガーとディーリアスの決定的な邂逅は1933年、エルガーが15歳のユーディ・メニューインとともにパリ公演へ向かう途上、フランス北部グレ・シュール・ロアンに住むディーリアスを訪ねたことによる。病床のディーリアスに対し、エルガーは彼の体調を危惧していたが、実際には思いのほか元気で、二人は文学や音楽について談笑し、豊かな時間を共有したと伝えられている。

 

この訪問のなかで語られた、飛行機に初めて乗った経験をめぐるエルガーの比喩は、両者の芸術観と人生観の交錯を象徴する逸話である。ディーリアスが「飛行とはどのようなものか」と問うと、エルガーはこう答えた。「詩的に言えば、君と私の人生に似ている。離陸には苦労するが、一度高所に達すれば、俗世を離れた世界が広がる。金と銀の雲を縫う飛行は、まるで君の音楽のようだ……ときには雲をつかむようでも、常に美しい」。これは、エルガーがディーリアスの音楽に対して深い敬意と親密な理解を抱いていたことを明確に示す証言である。

 

その後、二人は文通を交わすようになったが、翌1934年にエルガーは死去する。ディーリアスの妻イエルカは、「夫はエルガーの死から立ち直れなかった」と述懐しており、この友情が単なる形式的な交友ではなく、精神的支柱に近いものであったことを物語っている。なお、ディーリアス自身も同年に没している。

 

両者の音楽的立場は対照的である。エルガーはしばしば「帝国の音楽家」と称され、ヴィクトリア朝的価値観と自己の宗教観を昇華させた作品を数多く遺した。特に《ゲロンティアスの夢》《使徒たち》《神の国》に代表されるオラトリオ三部作は、エルガーの信仰と贖罪意識が深く反映された音楽的告白である。一方、自然や個人的感傷をテーマにしたディーリアスの音楽には、組織的宗教や形式への帰依は見られず、あくまで個の内面と風景が流動する和声のなかに溶け込むように描かれる。

 

この立場の違いは、ディーリアスがエルガーに対して「なぜあなたはオラトリオを作曲するのか?」と尋ねた際の逸話にも現れている。エルガーは「それは自分自身の贖罪のためだ」と応じたという。この答えは、ディーリアスの審美的無宗教と、エルガーの精神的償いとしての音楽とのあいだにある深い断絶と共鳴を象徴している。

 

興味深いことに、エルガーは自身の未完の交響曲第3番の補筆者として、ディーリアスの弟子エリック・フェンビーを希望していたとされる。フェンビーは『夏の歌』『人生のミサ』など、ディーリアスの晩年の作品を記譜したことで知られるが、この申し出を断ったという。理由は定かではないが、エルガーの様式とは明らかに異なるディーリアス派の筆致が、彼の作品に相応しいとは思えなかった可能性がある。結果として、この任はのちにアンソニー・ペインによって果たされることとなる。

 

エルガーとディーリアス、対極にあるようでいて、芸術の孤独と尊厳を知る者同士が、最晩年において心を通わせた稀有な例である。両者の関係は、英国音楽史における単なる逸話にとどまらず、創作とは何か、芸術とはいかなる慰めでありうるのかという問いへの静かな応答でもある。彼らが空の比喩のごとく束の間交差し、やがて各々の空へと去っていったことに、深い余韻を覚えずにはいられない。

 

「贖罪としてのオラトリオ」──シャーロック・ホームズ的考察

「さて、ここでホームズに再び問いたい。先のエルガーがディーリアスに語った「オラトリオを作曲したのは自分自身の贖罪のため」という、その意味について。ここで前後の文脈を整理する。まずディーリアスは典型的な無神論者だ。にもかかわず「人生のミサ」とか「レクイエム」などを作曲している。しかし、無神論者ディーリアスの面目躍如で「レクイエム」では「アラー!」という言葉と「ハレルヤ!」が同時に連呼される。そんな彼にとってエルガーが壮大なオラトリオを作曲したのは、エルガーにとって才能の無駄遣いではないのか?という意味で、「なぜオラトリオを作曲したのか?」と問いている。それに対するエルガーの回答が「贖罪」なのだ。この贖罪の意味を、名探偵ホームズは一体どう解釈するのかな?」

 

 

 

 

 

「我が友ワトスン、君の提示した事実関係はきわめて重要である。ここで我々が検討すべきは、「エルガーがディーリアスに語った『オラトリオは自らの贖罪のため』という発言の真意とは何か?」という問題だ。そして君が指摘した通り、問いかけの文脈にはディーリアスの無神論的世界観が色濃く反映されている。

 

 

 

まず我々は、ディーリアスがなぜこのような質問をエルガーに投げかけたのか、その動機を探る必要がある。彼自身、宗教を題材にした作品を書きながら、その精神的支柱を神に求めなかった。つまり彼にとって宗教的素材は「信仰告白」ではなく、「人間存在への詩的観照」であった。よって彼は、エルガーのように誠実に神学的構築物としてのオラトリオを手がける姿に対し、どこか不可解で、あるいは苛立ちさえ覚えたかもしれない。

 

 

 

では、エルガーが答えた「贖罪(atonement)」とは何か?

 

 

 

ここが本題だ。エルガーは「社会的カトリック」でありながら、内面に深い懐疑を抱いていた。少年期にカトリックとして疎外された経験、英国国教会的な体制への迎合と反発、成功による社会的昇華と、それによって抱えた良心の呵責――これらの要素を総合すれば、彼にとってオラトリオは自己の内面を浄化する手段であったと推理される。

 

 

 

具体的には:

 

 

 

『ゲロンティアスの夢』における死と煉獄の描写は、彼自身の魂の苦悶を投影したものである。

 

 

 

『使徒たち』および『神の国』における共同体と裏切りのモチーフは、人間の弱さと希望を同時に描く、贖罪の寓意である。

 

 

 

エルガーがその創作に宗教的誠実さを込めつつ、**信仰への確信というよりは「信じようとする努力」**を込めていたとすれば、それはまさに贖罪的行為に他ならない。

 

 

 

つまるところ、ワトスン君、「贖罪」とは罪悪の結果に対する謝罪ではない。それは自己の弱さや社会的欺瞞との折り合いをつけるための、創造を通じた倫理的自己修復である。ディーリアスの問いに対して、エルガーが宗教的ドグマではなく「贖罪」という人間的応答で返したことこそ、彼の深い誠実さであり、そのオラトリオ群が単なる宗教音楽にとどまらず、**芸術的な「魂の自白」**として成立している理由である。

 

 

 

結論しよう。
エルガーにとってオラトリオとは、「神への信仰」の作品ではなく、「自らの信じたかったものへの哀悼」であり、
**「罪の償い」ではなく、「魂の秩序を取り戻すための儀式」**であったのだ。
そしてディーリアスは、その答えの重みを理解できる、数少ない同時代の音楽家だったのであろう。」

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