愛の音楽家エドワード・エルガー

「喜びの精霊」から「孤独な創造物」へ:エルガーとフランケンシュタインに見るロマン主義的精神の微弱な継承

エドワード・エルガーの交響曲第2番における中心的モチーフ「喜びの精霊」は、詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの同名詩句に由来する。このシェリーの詩精神を受け継ぐ存在が、その妻メアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』である。いずれもロマン主義的理想、創造と破壊、そして「歓喜」と「苦悩」の二面性をテーマとしており、エルガーの音楽とフランケンシュタインの文学作品は、意外な接点を有している。本論では、この微弱ながら確かな系譜性を辿り、19世紀から20世紀初頭における芸術思想の連続性と変容を考察する。

 

第1章:序論 —— ロマン主義の系譜をめぐって

19世紀のヨーロッパにおいて、ロマン主義は文学・音楽・思想を貫く強固な潮流を成した。そこでは「自然への賛美」「人間の内面世界の探求」「反近代理性批判」が共通の主題として見出される。
この文脈において、パーシー・B・シェリーは哲学的詩人としてその極北に位置づけられ、彼の詩句は後の芸術家たちに精神的道標を提供した。
エドワード・エルガーが交響曲第2番の序文においてシェリーの詩句「Rarely, rarely comest thou, Spirit of Delight!」を掲げたのは偶然ではない。彼はこの詩を、帝国の衰退、近代への懐疑、個人と世界との不和の象徴として再解釈した。

 

一方で、シェリーの詩を傍らにして文学的に開花したのが、妻メアリー・シェリーであり、その代表作『フランケンシュタイン』はまさに「喜びの精霊」の反対極に位置する存在を描き出した作品である。

 

第2章:「喜びの精霊」とは何か —— シェリー詩の系譜

2.1 原詩の構造と主題
パーシー・シェリーの詩『To a Skylark(雲雀へ)』や『Ode to the West Wind(西風に寄せる頌歌)』に代表されるように、彼の詩はしばしば自然界に宿る無垢で超越的な霊性を賛美する。それはしばしば「精霊 spirit」と呼ばれ、特に『Rarely, rarely comest thou, Spirit of Delight!』では、「喜び」が稀にしか訪れない霊的実在として詠われている。

 

2.2 エルガーによる引用の意義
エルガーはこの詩句を交響曲第2番の序文に掲げ、自作の全体構造にこのモチーフを織り込んだ。下降音型のモチーフ(いわゆる「Spirit motif」)は、全楽章を通じて回帰し、喜びと喪失、上昇と下降の弁証法的運動を形づくる。

 

第3章:「創造と崩壊の神話」—— メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』

3.1 フランケンシュタインの構造と主題
『フランケンシュタイン』は、生命を創造した人間が、創造物によって報復されるというプロメテウス神話の再解釈である。この物語では、科学によってもたらされた「知の光明」は同時に「孤独」「拒絶」「悲嘆」の闇を孕む。まさにこれは、「喜び」が訪れる稀な瞬間の裏側に広がる空虚と苦悩である。

 

3.2 シェリー家の芸術的理念
パーシーとメアリーの両名に共通するのは、人間の創造力への信仰と、その反作用に対する深い倫理的洞察である。彼らは「喜び」や「啓示」を追求しながらも、それがもたらす代償(破壊、孤独、狂気)を直視した。
この点において、エルガーの交響曲第2番終楽章で鳴らされる静謐なコーダ(練習番号170以降)は、喜びの霊が再臨した瞬間であると同時に、それを手放す覚悟の場でもある。

 

第4章:「喜び」と「怪物」—— ロマン主義的二面性の継承

ここで指摘されるのは、「喜びの精霊」と「孤独な創造物(フランケンシュタインの怪物)」は、共に同一コインの表裏をなす象徴的存在であるという点だ。
シェリーの詩が天上的・抽象的な「喜び」を求めるなら、メアリーの小説は地上的・具体的な「苦悩」を描く。

 

そしてエルガーは、その両者の間に橋をかけた。「喜び」が稀にしか来ないことを知りつつ、それでも彼はその霊を呼び起こすようにして音楽を書いた。だが、その喜びは完全ではない。第4楽章のppで消えていくラストでは、**「創造されたものがその創造主から離れていく哀しみ」**すらも暗示されている。

 

消えゆく精霊、彷徨える創造物

エルガーが描いた「喜びの精霊」と、メアリー・シェリーが描いた「フランケンシュタインの怪物」は、共にロマン主義的理想の光と影である。
創造された音楽も、人工生命体も、人間の精神から生まれながら、最後にはその創造主の手を離れ、世界に放たれていく運命を持つ。
エルガーの交響曲第2番が持つ深い感傷と宗教的高みは、19世紀ロマン主義芸術の最終章であり、その中には**シェリー夫妻が示した「創造」と「代償」**の構図が、微弱ながら明確に刻まれているのである。

 

参考文献
Elgar, Edward. Symphony No. 2 in E-flat Major, op.63. (1911)

 

Shelley, Percy B. “Rarely, rarely comest thou, Spirit of Delight!”, in Poetical Works

 

Shelley, Mary. Frankenstein: or, the Modern Prometheus. 1818.

 

Jerrold Northrop Moore. Edward Elgar: A Creative Life. Oxford University Press.

 

Ian Lace. Elgar - His Music: Symphony No.2.

 

Peter Ackroyd. The Romantics: The Lives of the Great Poets.

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