スコティッシュ・シンフォニアを指揮するネイル・マントルによるエルガー/ペイン《交響曲第3番》
ネイル・マントル――この指揮者の名前を知っている日本のクラシックファンは、まずいないのではなかろうか。だが、実は彼こそ、エルガー普及の立役者のひとりである。
マントルはスコティッシュ・シンフォニア(Scottish Sinfonia)の常任指揮者を長年務める傍ら、英国エルガー協会(The Elgar Society)の実務的会長職にも就任している人物であり、2023年には同協会から**エルガー・メダル(Elgar Medal)**を授与されている。このメダルは、尾高忠明をはじめとする国際的なエルガー演奏家に贈られてきたものであり、エルガー演奏と研究への貢献を顕彰する最も権威ある賞である。
商業録音もいくつか残しており、中でも注目に値するのがエルガー《交響曲第2番》の録音である。筆者が初めてこの演奏を耳にしたとき、「この指揮者は只者ではない」と強い印象を受けた。というのも、エルガー第2番のスコアには、演奏解釈の分かれる繊細な部分がいくつかあるが、マントルはその一つひとつに極めて誠実かつ意識的にアプローチしているからである。
たとえば第4楽章の149番(楽章開始から5〜6分付近)、トランペットのハイB(H)は、2小節にわたり音を保持するのが半ば慣例化しているが、マントルはオリジナル通り1小節で切るという「少数派」のアプローチを取っている。また、第2楽章についても、**ジェームズ・ロッホラン(JamesLoughran)が提示した独特のリズム設計(ロッホラン・パターン)**を厳格に踏襲している、ほぼ唯一の指揮者だと思われる。これは記録には残っていないものの、マントルがロッホランから何らかの直接的あるいは間接的なインフォメーションを受けていた可能性すら感じさせる。おそらくは、ほとんどの聴き手が気づかないであろう些細な点だが、こうしたディテールに神経を配るその姿勢こそが、マントルの演奏家としての非凡さを物語っている。
そのマントルがエルガー/ペインの交響曲第3番を指揮した演奏が、YouTubeで視聴可能であるのは、まさに喜ばしいことである。
Part of a concert given by Scottish Sinfonia at St Cuthbert's Parish Church, Edinburgh in November 2019.
LeaderMichael Rigg
Conductor Neil Mantle MBE
🎙️ 演奏全体の印象
緻密かつ構築的なアプローチ
ペインの補筆は慎重かつ精緻で、Mantleはそれを明快に再現。第1楽章の冒頭から《巨匠エルガー》らしい堂々としたスケール感が漂い、音の積み重ねが効果的に際立つ。
宗教的深淵の再現
教会空間を活かして、特に第2楽章(スケルツォ)や第3楽章の神秘的な響きが印象に残る。Mantleは混じりけのない祈祷性を演奏に吹き込んでおり、ペイン版の宗教感が空気に溶け込んでいる。
勢いと抑制の絶妙なバランス
フィナーレでは英雄的なファンファーレと抒情的な歌心が交錯。Scottish Sinfoniaはアマチュアの枠を超えた響きを生み出し、緩急の対比も鮮やか。
🧭 楽章ごとの見どころ
✅ 総 評
Neil Mantle率いるScottish Sinfoniaは、スペース感を活かしつつ明快で迫力ある演奏を届けている。ペイン補筆の印象的な構成を教会の音響とともに再現し、ペイン版の魅力を新たに感じさせる名演と言えるだろう。
特に、宗教的な静けさと英雄的推進力を巧みに両立させており、イギリス的な調和と深遠な内省を併せ持った演奏表現が魅力的。ペイン補筆の実演映像として、非常に貴重で感動的な資料となっている。