思い出のエルガー・コンサートへのタイムスリップ

愛の音楽家エドワード・エルガー

思い出のエルガー・コンサートへのタイムスリップ

 

2004年2月20日 札幌コンサート・ホール・キタラ
札幌交響楽団 第465回定期演奏会
指揮:尾高忠明
ヴァイオリン:漆原朝子
コンサート・マスター:菅野まゆみ
    ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調作品61
    エルガー:交響曲第3番
    (アンソニー・ペイン補筆完成版日本初演)

 

演奏前サロンコンサート
 愛の挨拶(弦楽四重奏版)
 弦楽四重奏ホ短調第2楽章

 

アンコール
 エニグマ変奏曲より第9変奏ニムロド

 

 

【EP3の思い出】
 1997年の補筆完成以来、7年間待った甲斐があった。遂に日本でもこの作品が聴ける日がやって来たのだ。
 思えば、初めてエルガーの交響曲第3番が補筆されるのを知ったのは、新聞紙上にて、曲の補筆が完成し、間もなく世界初演が行われるとの旨が書かれたのを見てからであった。その時に曲の存在そのものを知った。
 その後、BBC Musicの付録についていたペインによる解説CDを聞き期待は更に高まった。ほどなく、アンドルー・デイヴィス指揮、BBC響による世界初録音が発売されることを知り、八方手を尽くして入手を試みた。この時に発売されたCDは全曲演奏盤と解説盤の2種類出ており、全曲盤の方が中々手に入らずかなりヤキモキさせられたものだった。逆に、解説盤を先に入手したことにより、そのCDを何度も聴き直すことにより徹底的に曲を予習できたお陰で全曲盤を聴いた時の感激と理解はより深いものとなったのであった。それだけにこの曲は自分にとってはエルガーの作品の中でも特別に思い入れの強いものとなったのである。

 

【第1楽章】
 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲をはさんで、いよいよエルガー3番の日本初演の歴史的瞬間を迎えた。先日、チェルトムでの尾高忠明の演奏がBBC Radio3で放映されたが、その時とほぼ同じような展開といえそうだ。冒頭のエルガーがオーケストレイションを完成させた17小節は速めのテンポで、かなりメリハリのはっきりした解釈で開始された。特に金管の咆哮と悲鳴のような弦楽器群が大作の始まりにふさわしいスケールを予告していた。
 尾高の指揮は各楽章とも冒頭速めのテンポで開始し、途中からテンポを落として進めるというパターンで大体統一していたようだ。第1楽章では、ヴェラ・ホックマンのテーマ(第2主題)が登場しTuttiで奏されるあたりでテンポを落としていた。しかもここを実にロマンチックに優しく奏することによって勇壮な第1主題との対比がより鮮明なものとなっていた。
 他に印象的なのは第1主題が再現される直前に表れる弦楽器による上昇するボウイングを、とても克明に聞かせていたところ。ここは作曲者エルガーが特にこだわった部分で何通りものパターンを試したスケッチが存在している(それだけにこの上昇するボウイングが全部で4回も登場する)。

 

【第2楽章】
 この楽章はスケルツォに相当する部分でエルガー自身のスケッチが最も数多く残されていた楽章だけに「エルガーらしさ」の信頼度は最も高いのではないかと思われる。組曲「アーサー王」から「ウェストミンスターでの宴席」のテーマを引用したスケルツォ主部は、エルガーのスペイン趣味が加味されている。尾高の解釈では、スケルツォ主部は、元の「アーサー王」のものと比べてやや遅めの演奏であった。それに比べて中間部は速めのテンポでメリハリをつけているのも全体のバランス的にも正解だろう。
 エルガーのスペイン趣味は彼の作品のあらゆるところに表れているだけに、ヴァイオリン協奏曲のスコアに記されているエルガー自身の「ここに*****の魂を封じ込める」とスペイン語で書かれた謎の言葉には、「これはスペイン人作曲家エル・ガーという名前が込められているに違いない」というロジェストヴェンスキーの言ったジョークがあるほど。それだけにこの楽章は、このようにスペイン風味を前面に押し出すスタイルが相応しいと思われる。

 

【第3楽章】
 この楽章は冒頭に表れる重苦しいテーマが全体を支配しており、今回の演奏ではより「重く」、悲劇性の強い印象であった。特にミュートをつけたテューバとトロンボーンがその性格をさらに強調していた。
 逆に中間で表れるニ長調の優しさに溢れたテーマをソフトに奏することによって、ここでも対比が強調されていた。特にこのニ長調のテーマのtuttiでの尾高の幸福感に溢れた表情が忘れらない。
 終演後に楽屋で尾高氏にこのことをお話しすると「今日は本当に演奏していて幸せだった」とコメントしていたほど。

 

【第4楽章】
 第4楽章冒頭のファンファーレも例によって速めのテンポで力強く開始された。それに続く、再び組曲「アーサー王」からの引用「アーサーとベデュバー」は、打楽器群が活躍する全曲中最も華々しい部分の一つである。
 ペインが最も苦労したというフィナーレは、組曲「子ども部屋」からの「荷馬車の通過」のクレッシェンド・ディミヌエンドにヒントを得たという印象的な終わり方である。尾高は特にこの部分を更にテンポを下げて展開し、まるで交響曲第2番のフィナーレを思わせる感動的な演奏を繰り広げた。そして「荷馬車の通過」のリズムで消え入ろうとした時に第1ヴァイオリン群が奏するのは第1楽章の第1主題である。過去の録音の多くは、この部分はほとんど聞き取ることができないのであるが、尾高はこの部分をより鮮明に打ち出した個性的な解釈である。聴き所だっただけに最後のフライング拍手が出てしまったのには悔やまれる。

 

【全体総評】
 全体的に感じたのは、尾高の解釈がブルックナーと重ね合わせているのではないかということ。実際、筆者も初めてこの曲の第1楽章の開始部分を聴いた時、何となくブルックナーを連想したものだった。
 特に今回の尾高の演奏では、全体的にスケールが大きくテンポが遅い点(約60分)、金管の咆哮とソフトな弦楽器の合わせ方、第1楽章の終結の仕方、小休止の取り方、アダージオでのドラマティックな悲劇性と盛り上げ方、第4楽章での「アーサー王」のテーマ直前での間。ヴェラ・ホックマンのテーマや第3楽章でのニ長調のテーマでのロマンチックな味わい。これらがブルックナーを意識していたように感じられた。
 その点を、尾高氏にお話しを伺ったところ、多少なりともそういう部分はありそう。何でもアンソニー・ペイン氏もそのようなことをコメントしており、過去の演奏よりスローテンポで演奏することが望ましいとのことである。確かに、過去の演奏が大体54分から57分であったのに対して尾高の演奏は60分を超えている。
 晩年のエルガーがガンに冒され座骨神経の痛みにより作曲活動がままならない状態である時に、曲を委嘱したBBCは作曲家の座骨神経を切断し半身不随にしてでも作曲を続けさせようかとまで提案していたという。そんな壮絶なエピソードを乗り越えて今ここに我々の目の前にこの曲があるという事実に何と表現してよいのか分からぬ複雑な思いもあった。
 そして、そんなエピソードとともにこの曲が完成するまでには長い間に渡って実に多くの人間が関わっている。作曲者に作品を依頼したBBCのサー・ジョン・レイス、作曲者を最後まで勇気づけた友人ジョージ・バーナード・ショウにバリー・ジャクソン、フレッド・ガイスバーグ、ギブ神父、娘のキャリス、共に作品の構成に立ち会ったW・H・リード、作品創造の際大きな存在となったヴェラ・ホックマン。
 また補筆者ペインにチャンスを与えたBBCのポール・ヒンデマーシュ、遺族代表のポール・グラフトン。
 これらの人々が成し遂げた積み重ねがこの一日となって結集された、そんな感慨深さに包まれたのである。

 

思い出のエルガー・コンサートへのタイムスリップ

Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/5ao7kk

 

 

 

〔その他参考CD〕
* 《交響曲第3番》スケッチ集 トゥルトゥリエ指揮/BBCフィル
 ペインによる解説。BBCラジオ公開版。エルガーが残した総譜を演奏。断片ながらトゥルトゥリエの演奏は重厚で格調高い。
* 《交響曲第3番》スケッチ集 
 ペインによる解説。全曲版と同時に発売。ヴァイオリンとピアノで再現するという、エルガーとリードが実際に行ったのと同じ方法を行っている。しかも使用されているヴァイオリンはリードが生前使用していたもの。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/63uxno
* 《交響曲第3番》 A・デイヴィス指揮/BBC響 
 記念すべき初の全曲録音。ややスッキリした感じの明解な演奏。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/6ahsaf
* 《交響曲第3番》 ダニエル指揮/ボーンマス響
 テンポはやや速めでメリハリの効いた演奏。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/5e8auj

 

〔スコア〕
Amazon.comの短縮URL  http://tinyurl.com/3qe9dd

 

〔書籍〕
Amazon.comの短縮URL  http://tinyurl.com/4qudfm
http://tinyurl.com/5gnm66

このエントリーをはてなブックマークに追加

愛の音楽家エドワード・エルガー電子書籍はこちらからどうぞ

関連ページ

Elgar's Third
英国の作曲家エドワード・エルガーの人生や作品を詳しく解説した同名の書籍のウエブサイト版。《交響曲第3番(Symphony No.3, op. 88)》Elgar's Third
エルガー/ターナーの3番
英国の作曲家エドワード・エルガーの人生や作品を詳しく解説した同名の書籍のウエブサイト版。《交響曲第3番(Symphony No.3, op. 88)》エルガー/ブルースの3番について
尾高N響のエルガー全集
英国の作曲家エドワード・エルガーの人生や作品を詳しく解説した同名の書籍のウエブサイト版。尾高N響のエルガー全集

ホーム RSS購読 サイトマップ

先頭へ戻る