日本におけるエルガー専門書籍
『エドワード・エルガー 希望と栄光の国』
日本におけるエルガー受容の歴史において、一つの出発点となった記念碑的な一冊である。
《威風堂々》《愛の挨拶》で知られながら、その全体像が日本では十分に紹介されてこなかった英国の作曲家エドワード・エルガー。本書は、その生涯と作品を本格的に日本語でまとめた、日本初の本格的エルガー専門書として刊行された。
少年時代のウスターシャーの風土、音楽家としての苦闘と成功、アリス夫人との深い結びつき、第一次世界大戦を挟んだ栄光と喪失――。本書はエルガーの人生を時代背景とともに丁寧にたどりながら、《エニグマ変奏曲》《ゲロンティアスの夢》《交響曲第1番・第2番》《チェロ協奏曲》をはじめとする主要作品を一作ずつ詳しく解説してゆく。
また本書の特色は、単なる伝記や作品案内にとどまらず、英国文化のなかでエルガーという存在を立体的に描き出している点にある。帝国の栄光とその陰影、エドワード朝という時代の空気、そして作曲家の内面に流れる孤独と祈り。エルガーの音楽をめぐるこうした背景まで視野に収めることで、その旋律に宿る“英国らしさ”と普遍性の両方が鮮やかに浮かび上がる。
日本でまだエルガー研究が限られていた時代に、その魅力の全体像を初めて本格的に紹介した本書は、多くの愛好家にとって入口であると同時に、その後の日本のエルガー受容を支えた礎でもある。
エルガーの世界に初めて触れる読者にも、より深く知りたい愛好家にも、今なお価値を失わない一冊である。
『愛の音楽家 エドワード・エルガー』
水越健一 著(2008年11月8日発行)momonoge→OCP→日本エルガー協会

『希望と栄光の国』に続いて刊行された本書は、エドワード・エルガーという作曲家を、より人間的で親密な視点から描き出した一冊である。
《威風堂々》や《エニグマ変奏曲》によって“英国の国民的作曲家”として知られるエルガー。しかしその音楽の奥には、名声や国家的イメージだけでは語り尽くせない、繊細で孤独な精神世界が息づいている。本書は、そうしたエルガーの内面に光を当て、その生涯を「愛」というキーワードから見つめ直していく。
ここでいう「愛」とは、単なる恋愛感情ではない。生涯の伴侶アリスへの深い信頼と献身、友人たちへの友情、故郷ウスターシャーの自然への愛着、そして音楽そのものへの揺るぎない情熱――。エルガーという人物を支えていた多層的な愛のかたちが、作品と人生の両面から丁寧に描かれていく。
《愛の挨拶》はもちろん、《エニグマ変奏曲》《ゲロンティアスの夢》《交響曲第1番・第2番》《チェロ協奏曲》に至るまで、それぞれの作品が、人生のどの瞬間から生まれ、どんな想いを宿していたのかがわかりやすく解き明かされる。作品解説でありながら、同時に一人の芸術家の精神史として読めるのが本書の大きな魅力である。
また、エルガーの持つ「英国らしさ」を語りながらも、そこに閉じ込めず、時代や国境を超えて共感を呼ぶ普遍的な人間性へと視野を広げている点も印象深い。栄光と喪失、孤独と希望、その相反する感情が共存するエルガーの音楽が、より身近なものとして立ち上がってくる。
作曲家としての偉大さだけではなく、一人の人間としてのエルガーに静かに寄り添った本書は、日本におけるエルガー理解をさらに深めた貴重な一冊である。華やかな「威風堂々」の奥にある、温かくも繊細な心の響きに触れたい読者にこそ薦めたい。
『エルガーの最後の審判――語られなかった真の作曲家像』
水越健一 著(日本エルガー協会・2026年3月23日発行)
長年にわたりエドワード・エルガーの生涯と作品を追い続けてきた著者が、その研究の到達点として世に問うた一冊である。『エドワード・エルガー 希望と栄光の国』『愛の音楽家 エドワード・エルガー』に続く本書は、作曲家エルガーの実像に、さらに深く鋭く迫っている。
英国を代表する作曲家エドワード・エルガー。その名は《威風堂々》や《エニグマ変奏曲》によって広く知られている。しかし、その栄光の背後には、孤独、信仰、愛、そして時代との葛藤に彩られた複雑な人生と、いまだ十分に語られていない精神世界が存在する。本書は、作曲家エルガーの生涯と音楽、そしてそこに潜む謎と思想を、多角的な視点から探究した総合的研究書である。
第1部「エルガー、その生と軌跡」では、セヴァーン川のほとりの小さな楽器店の息子として生まれたエルガーが、やがて英国音楽の象徴的存在へと昇りつめていくまでの人生を、住まいと創作の変遷を軸にたどる。モールヴァンの丘に抱かれた静かな創作の日々、《エニグマ変奏曲》による突然の名声、《ゲロンティアスの夢》の挫折と復活、そして《威風堂々》に象徴される栄光の影。晩年には妻アリスの死と第一次世界大戦による時代の断絶が重なり、作曲家の世界は次第に沈黙へと向かっていく。栄光と孤独が交錯するその歩みを、時代背景とともに描き出す。
第2部「エルガーの音楽を生んだ風景」では、エルガーの創作を支えた場所と空間に焦点を当てる。生誕地、ウースター大聖堂、モールヴァン・ヒル、ブリンクウェルズ、セヴァーン・ハウス、そして最期の家マール・バンク――。これらの場所を通して、作曲家の精神世界がどのように形成されていったのかを探る。さらに、カトリック作曲家として英国社会の中で感じていた孤立、友情や人間関係、室内楽へと向かう晩年の創作など、エルガーの内面的世界にも踏み込んでいく。音楽史だけでは見えてこない「場所と作曲」の関係を浮かび上がらせる章である。
本書の核心となる第3部「通説を超えた本当のエルガー像」では、これまでのエルガー像を再検討し、隠された側面や思想的背景を掘り下げる。ミュージックセラピー活動や発明家としての一面、ラファエル前派やヴィクトリア朝オカルティズムとの関係、未完の宗教三部作《最後の審判》をめぐる問題など、従来ほとんど語られてこなかったテーマを取り上げる。また、《エニグマ変奏曲》やヴァイオリン協奏曲に秘められた暗号、室内楽作品に影を落とす伝説や象徴、宗教作品に見られる「12」という構造的理念など、作品内部に潜むメッセージを読み解いていく。
さらに、サリヴァン、スタンフォード、ブラームス、ブルックナー、ベルリオーズといった先達との精神的系譜、ボールトやバルビローリといった指揮者による演奏史、さらには日本におけるエルガー受容の歴史と現在の状況まで視野を広げ、作曲家の音楽がどのように理解され、継承されてきたのかを検証する。
エルガーは単なる「英国の国民的作曲家」ではない。そこには、ロマン主義の最後の精神を背負いながら近代へと踏み込んだ、一人の孤独な芸術家の姿がある。本書は、その複雑で多層的なエルガー像を、歴史・思想・音楽分析・演奏史という多角的視点から浮かび上がらせる試みである。
栄光の作曲家として語られてきたエルガーの背後にある、もう一つの真実の姿へ。本書は読者を、その深い精神世界へと導く一冊である。
『エルガー演奏史ノート――コンサート・記録・配信から読む現在形』
水越健一 著(日本エルガー協会・2026年3月30日発行)
エドワード・エルガーの作品は、楽譜の上に存在するだけではない。演奏され、その瞬間に響きとして立ち現れ、録音として残され、さらに配信を通じて新たな聴き手と出会い続ける。本書『エルガー演奏史ノート』は、その“生き続けるエルガー”の姿を追った、きわめてユニークで刺激的な一冊である。
『希望と栄光の国』『愛の音楽家』『最後の審判』と続いてきた著者のエルガー研究は、本書で「作品が演奏される現場」へと視点を広げる。対象となるのは、実際のコンサート、歴史的録音や映像資料、そして現代の配信アーカイブ。1980年代から2020年代にいたる長い時間軸のなかで、エルガーの音楽がどのように演奏され、受け止められ、変化してきたのかが丹念に記録されている。
エドワード・エルガーの音楽は、いかに演奏され、いかに受容されてきたのか――。
本書は、その問いに対し「実演」「録音」「配信」という三つの視点から迫る、これまでにないエルガー演奏史受容史の記録である。
英国伝統派によるノーブルな様式から、大陸的な構築性を前面に出した解釈、さらには21世紀の新世代による再解釈まで。
ジョン・バルビローリ、エイドリアン・ボールトといった巨匠から、カーチュン・ウォン、山田和樹に至るまで、多様な演奏を横断的に検証し、エルガー像の変遷を浮かび上がらせる。
さらに本書の大きな特徴は、日本におけるエルガー受容史を正面から扱っている点にある。
尾高忠明、大友直人らの実践を軸に、日本のオーケストラ文化の中でエルガーがどのように根付き、変化してきたのかを具体的な演奏記録とともに描き出す。
また、YouTubeをはじめとするデジタル配信時代の到来により、演奏の享受方法そのものが変容した現代において、記録と体験の境界がどのように再編されているのかにも踏み込む。
埋もれた放送音源、未商業録音の名演、そして配信によって再発見される歴史的記録――それらを「証言」として位置づけ、演奏史の新たな地平を提示する。
エルガーを「英国の作曲家」としてではなく、世界音楽史の中で捉え直すために。
そして、音楽が演奏され続ける限り更新される「現在進行形の芸術」であることを見つめるために。
本書は、エルガーを愛するすべての聴き手、そして演奏という営みそのものに関心を持つ読者に向けた、一冊の試みである。



