若きヴァイオリニストが掬い取った〈内なるエルガー〉 ――吉田南によるエルガー《ヴァイオリン協奏曲》の静かな成熟
吉田南(MINAMI)のエルガー《ヴァイオリン協奏曲》は、まず音色そのものが語りかけてくる演奏だと感じられる。25歳という年齢から想像されがちな「押しの強さ」や「技巧誇示」とは無縁で、終始、柔らかく、よく呼吸する音。とりわけ第1楽章冒頭から一貫して、フレーズの角を立てず、エルガー特有の内省的な抒情を壊さない姿勢が貫かれている。
第2楽章では、旋律を「歌う」というよりもそっと置いていくような慎みがあり、感情を前面に出さずとも、自然に情感が滲み出る。過剰なヴィブラートやルバートに頼らず、あくまで音そのものの温度で勝負している点に、すでに成熟した感性を感じさせる。
第3楽章でも、エルガーにありがちな英雄的・誇大的方向へ流れず、最後まで優しさと気品を失わない。これはエリザベートコンクールという場では、むしろ勇気の要る選択だったはずである。
アントニー・ヘルメス指揮ベルギー国立管弦楽団も、彼女の音楽をよく支え、独奏を押し出すことなく、全体を穏やかに包み込んでいる。結果として、エルガーの協奏曲が本来持つ「孤独」「回想」「気高さ」が、非常に自然な形で浮かび上がる。
心地よく、優しいヴァイオリンの音色。
そして何より、「この曲を大切にしている」ことが、演奏の隅々から伝わってくる。
ぜひこのまま、エルガーを重要なレパートリーとして育てていってほしい――
そう心から願わずにはいられない、稀有なエルガー演奏である。


