ウッド・マジック・・・最大の悲しみ

ウッド・マジック・・・最大の悲しみ

 

1917年、エルガー六十歳。妻アリスは六十八歳になっていた。
 この頃になると、アリスの体調は次第に衰えを見せはじめ、夫妻は静養のため、夏のあいだ滞在できる別荘を探すことになる。やがてウェスト・サセックス州、フィトルワース近郊の森深い丘陵に佇む一軒の山荘が見つかった。1917年五月、彼らはこの家を借り受け、「ブリンクウェルズ」と名付けた。

 

 「バーチウッド・ロッジ」と同様、四方を森に囲まれたこの地は、俗世から切り離されたかのような静寂に包まれていた。そこには創作に必要なすべてがあり、同時に、老いゆく身体を癒す穏やかな時間も流れていた。しかしその反面、人里離れた立地は、病状が急変した際の医療へのアクセスという点で、大きな不安も孕んでいた。

 

 戦争は、エルガーの周囲のすべてを歪めてしまった。
 彼の音楽は「時代遅れ」と断じられ、冷淡な批評に晒される。かつて誰よりも彼を高く評価してくれたドイツでは、今や「敵国の作曲家」という烙印を押され、演奏の機会も急速に失われていった。心身ともに疲れ果てたエルガー自身も、深い倦怠と衰弱に囚われ、静養を必要としていた。

 

 しかし、皮肉なことに、この隔絶された美しい森のなかで、エルガーは晩年最大の創作的到達を遂げることになる。

 

 ここで生み出されたのが、《ヴァイオリン・ソナタ》(1918)、《弦楽四重奏曲》(1918)、《ピアノ五重奏曲》(1919)、《チェロ協奏曲》(1919)という、内省と沈黙に満ちた一連の傑作群である。
 声を張り上げることをやめ、外界への主張を退け、ただ自己の内奥へと降りてゆく――それは、壮年期の栄光を知る作曲家が、老境において辿り着いた静かな境地であった。

 

 アリスはこれらの作品を「ウッド・マジック(森の魔法)」と呼んだ。
 エルガー自身も語っている。

 

 「木々が私の曲を歌っているのか、それとも私が彼らの曲を歌っているのか。」

 

 それらの音楽には、郷愁と懐古、諦念と感謝が、透き通るような純度で溶け合っている。どれも白鳥の歌を思わせる、穏やかな別れの気配を宿している。とりわけ、それらはアリスが深く愛した作品ばかりであった。
 二人にとって、この夏こそが、この世で過ごした最後の、そして最も静かに満たされた時間だったのである。

 

 1920年4月7日。
 ロンドン、セヴァーン・ハウスにおいて、アリス・エルガーは七十一年の生涯を閉じた。最期は、エドワードの腕に抱かれ、苦しむことなく、静かに息を引き取ったという。死因は心臓と腎臓の疾患と伝えられている。

 

 葬儀は、リトル・モールヴァンのセント・ウルスタン教会にて、しめやかに執り行われた。
 エルガーは書き残している。

 

 「私が成し遂げたことは、妻のおかげによるものが大きい。
 彼女がずっと以前に選んだこの場所は、あまりにも美しい。白い花が咲き誇り、どこまでも広がる大地。丘も教会も、彼女が子供の頃から、時を隔てても何一つ変わらず、同じ風景のままだ。」

 

 その言葉は、今も墓の傍らの掲示板に刻まれている。墓石はトロイト・グリフィスの設計によって建てられた。
 葬送の折、ウィリアム・ヘンリー・リード、アルバート・ザモンズ、レイモンド・ジェレミー、フェリックス・ザルモンド――《弦楽四重奏曲》初演の奏者たちが墓前に立ち、アリスの愛したその緩徐楽章を捧げた。

 

 それは、やわらかな春の日差しに包まれた、静かな一日であった。

 

 

補章:E minor と A minor ― 最後の暗号

 

 ブリンクウェルズで生まれた「ウッド・マジック」の作品群は、調性の面においても、きわめて象徴的な配置を示している。

 

 ヴァイオリン・ソナタ――E minor
 弦楽四重奏曲――E minor
 チェロ協奏曲――E minor
 そして、ピアノ五重奏曲のみ――A minor

 

 アリスはこれらの作品を、とりわけ深く愛した。なかでも、ピアノ五重奏曲を殊のほか大切にしていたという。そこには、二人だけに通じる、暗号めいた象徴的やり取りがあったのではないかと考えられている。

 

 E minor は Elgar、すなわちエドワード。
 A minor は Alice、すなわちアリス。

 

 E から A へ――。
 それは、エルガーからアリスへ贈られた、最後の音楽的献花であったのかもしれない。

 

 ピアノ五重奏曲は、単なる室内楽の傑作にとどまらず、夫婦の魂が交わした、沈黙の対話の記録なのである。

 

 

〔参考CD〕
*《ヴァイオリン・ソナタ》 加藤知子(V)ほか (COCO-80813)
特に第2楽章が素晴らしい。メンデルスゾーンの《スコットランド》を思わせる憂いに満ちた曲相がしみじみとしている。日本人としてエルガーにこれだけ共感している演奏というのも珍しい。
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*《弦楽四重奏曲》 ソレル・カルテット
 冒頭いきなり不協和音にドキリとさせられるが、曲が進むにつれてエルガーらしさが表れてホっとさせられる。特にアリスの愛した第2楽章は懐かしさにあふれている。エルガーは作曲を始めた初期の頃から習作を含めて何度か《弦楽四重奏曲》の作曲を試みているが、いずれも未完成に終わっている(或いは他の作品に転用)。それだけにエルガーにとって、この曲の完成は特に感慨深いものがあったようだ。
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*《ピアノ五重奏曲》 ソレル・カルテット
 映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」のサントラ作曲家バリントン・フェロングは、エルガーを意識した曲作りに徹したという。フェロングが意識したというのは《ピアノ五重奏曲》の緩除楽章のことではないだろうか。部分的にドビュッシーかラヴェルを思わせる響きが聞かれる瞬間がありハッとさせられる。
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*《チェロ協奏曲》 バルビローリ指揮/デュ・プレ(C)ほか
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