エルガーと彼を巡る女性たちとの音楽

沈黙するミューズたち――エルガーの音楽に刻まれた女性の影

エドワード・エルガーの音楽を特徴づける語を挙げるとすれば、「友情」「愛」「誠実」といった言葉がまず思い浮かぶだろう。彼の作品には、聴き手の感情を過剰に刺激することのない、しかし確実に心の奥に触れてくる温度がある。それはしばしば「英国的」と一括されるが、より正確には、人間関係の中で育まれた感情が、慎重に音楽へと昇華された結果である。

 

一般的なイメージにおいて、エルガーは「愛妻家」の作曲家として語られることが多い。だが、近年の伝記研究や書簡の再検討によって明らかになってきたのは、彼の人生が決して一人の女性との閉じた物語ではなかったという事実である。妻アリスの存在が圧倒的に重要であったことは疑いないが、それと同時に、彼の周囲には複数の女性たちが存在し、それぞれが異なる形で彼の創作に影響を及ぼしていた。

 

もっとも、それらはいわゆるスキャンダラスな「恋愛遍歴」ではない。むしろエルガーの場合、それらの関係は概して強い感情を秘めながらも、決して越線しないプラトニックな均衡の上に保たれていた。その抑制こそが、彼の音楽に独特の緊張感と持続力を与えているのである。そうした女性たちとの関係を通して、エルガーの音楽を「私的感情の記録」として捉え直してみたい。

 

 

第一章 キャロライン・アリス・エルガー――献身という名の基盤

 

 

エルガーの創作を語る上で、妻キャロライン・アリス・エルガーの存在は避けて通れない。彼自身が「私の成し遂げた仕事は、妻によるものが大きい」「私の作品を愛するのなら、まず妻に感謝すべきだ」と語っていることからも、その影響の大きさは明白である。

 

アリスは、夫の才能を疑うことなく信じ続け、彼が作曲に専念できる環境を整えることに人生を捧げた。1904年、ロンドン・コヴェント・ガーデンで開催された「エルガー・フェスティヴァル」は、彼女の組織力と行動力なしには実現し得なかった出来事である。娘キャリスが「母は物書きになる夢を諦め、父の成功を助けることに誇りを持っていた」と記している通り、アリスの献身は自己犠牲というよりも、共同制作に近い意識に支えられていた。

 

その関係は作品にも明確に刻印されている。婚約の記念として書かれた《愛の挨拶》、結婚3周年を祝して作曲された《弦楽セレナード》はいずれも、過度な情熱や劇性を避け、穏やかな幸福感に満ちた音楽である。ここには、燃え上がる恋愛よりも、持続する信頼関係が描かれている。

 

また、アリス自身は詩作の才能にも恵まれており、エルガーは彼女の詩に基づいて多数の歌曲を作曲している。《暁の風》《おお幸せな目よ》《飛べ、さえずる鳥よ》《残るのは愛のみ》(後の《海の絵》第2曲「港にて」)などに見られるのは、家庭的な親密さと同時に、言葉と音楽の距離が極めて近い関係である。これらは単なる「妻の詩に曲を付けた作品」ではなく、生活の内部から生まれた音楽と呼ぶべきだろう。

 

さらに、アリスが特別に愛した作品として、《弦楽四重奏曲》《ピアノ五重奏曲》《チェロ協奏曲》が挙げられる点も見逃せない。とりわけ《弦楽四重奏曲》の緩徐楽章が、彼女の葬儀で演奏された事実は象徴的である。そこには、言葉を失った後に残された音楽が、最後の対話として機能するという、エルガー芸術の本質が凝縮されている。

 

《エニグマ変奏曲》第1変奏がアリス自身を描いていることも含め、彼女は単なる「支える妻」ではなく、エルガーの音楽世界を内側から規定した存在であった。だが同時に、この安定した基盤があったからこそ、彼は他の女性たちとの、より危うく、より緊張を孕んだ関係へと向かうことができたとも言えるのである。

 

 

第二章 アリス・ステュワート・ワートリー――〈ウィンドフラワー〉という不在の中心
妻キャロライン・アリス・エルガーに次いで、作曲家の創作に決定的な影響を与えた女性として、アリス・ステュワート・ワートリーの存在を挙げないわけにはいかない。エルガーが彼女に与えた愛称〈ウィンドフラワー〉――すなわちアネモネ――は、彼女が彼の内的世界においていかなる位置を占めていたかを、象徴的に物語っている。

 

1902年に知り合って以来、エルガーの死に至るまで二人の関係は続いた。ワートリーは、ラファエル前派を代表する画家サー・ジョン・エヴァレット・ミレーの娘であり、政治家チャールズ・ステュワートの妻という、当時の社会的枠組みの中に確固たる位置を持つ女性であった。彼女はまた、エルガーのためにハムステッドの「セヴァーン・ハウス」を見つけてきた人物でもある。ラファエル前派の画家をはじめ多くの芸術家が集ったハムステッドという土地の選択には、ミレーの娘としての美的直観が自然に反映されている。

 

ハムステッド・ヒースを散策する二人の姿は周囲にもよく知られていたが、注目すべきは、この関係を妻アリスが完全に理解し、嫉妬や非難を一切示さなかった点である。エルガーの芸術に何が必要なのかを最も深く理解していたのは、ほかならぬ妻アリスであった。彼女は、同じ「アリス」という名を持つワートリー宛の手紙に、常に「私と同じ名前の可愛いアリスへ」と書いていたという。この一文には、緊張と均衡が奇跡的に共存する、エルガー家の精神的構造が凝縮されている。

 

エルガーがワートリーに公式に献呈した作品は、歌曲《祈り》一曲のみである。しかし、そこに記された「ワートリー夫人へ」という呼称は、エルガーが決して用いなかった形式的な名前であり、むしろ意図的な距離感、あるいは自己抑制の痕跡を感じさせる。皮肉なことに、彼女の影響は、こうした「公式な献呈」ではなく、献呈のない作品群の内部にこそ、より深く刻まれている。

 

その最たる例が《ヴァイオリン協奏曲》である。第1楽章第2主題、いわゆる「ウィンドフラワー・テーマ」と呼ばれる甘美な旋律について、エルガーは彼女に宛てた手紙の中で、この作品を「あなたの協奏曲」とまで書いている。「あなたがこの曲を指揮してくれて、私が客席で聴くことができたらどんなにいいだろう」「私は指揮台から、いつもあなたが座っているであろう座席を見ているのです」といった言葉は、現実には決して実現し得ない情景を、音楽の中にのみ封じ込めようとする意志の表れである。

 

スコアにスペイン語で記された「ここに……の魂を封じ込めている」という一文における伏字部分に、彼女の名が隠されているのではないかという推測は、決して荒唐無稽ではない。この主題をエネスコがメニューインに向かって「実に英国的だ」と評したこと、そしてメニューイン自身が「当時は人生経験が浅く、この部分を本当には演奏できていなかった」と回想している点も重要である。彼は、この旋律が作曲者のきわめて私的な、精神的恋愛感情を表していることを暗示している。

 

《交響曲第2番》のスコア末尾に記された「ティンタジェル」という地名も、ワートリーとの関係を示す象徴的な痕跡である。これは、作曲当時エルガー夫妻が保養中の彼女を訪ねた土地の名であり、彼はこの交響曲についても「この曲はあなたの交響曲なのです」と書き送っている。ここで描かれる情感は、交響曲第1番の公的・祝祭的性格とは対照的に、内省的で、しばしば哀感を帯びている。

 

さらに、未完に終わった《ピアノ協奏曲》を彼女に献呈するという願いが、病床のエルガーを最後まで作曲へと向かわせた事実は、ワートリーが彼の創作意欲の最深部に存在していたことを雄弁に物語る。残された緩徐楽章の断片は、しばしばラフマニノフを想起させるほど濃密なロマンティシズムに満ちており、そこにはもはや抑制ではなく、告白に近い響きがある。

 

また、短い歌曲《Perfect Love》が彼女の作詞によるものであることも、二人の関係が単なる「インスピレーションの源」を超え、言葉と音楽を共有する精神的共同作業であったことを示している。

 

ワートリーは、エルガーにとって「得られなかった存在」であるがゆえに、音楽の中で永続する存在となった。彼女は作品の献呈表にはほとんど姿を見せない。しかし、その不在こそが、彼の後期作品に独特の陰影と緊張を与えているのである。

 

 

 

 

第三章 ヴェラ・ホックマン ― 晩年のエルガーを再び作曲へと向かわせた「最後の火種」
 「私は一日中あなたの夢を見続けています」「あなたにできるだけ多く会わなければならない」「あなたは何と可愛らしい目をしているのだろう」「あなたとすべてを分かち合うには、私はどんな音楽を書いたらいいのでしょうか」「今、私は一人ぼっちではありません。私たちは一緒です。とても幸せです」──これらは、74歳のエルガーが、女流ヴァイオリニスト、ヴェラ・ホックマンに宛てた手紙の一節である。
 一般に語られてきた「国民的作曲家」「老境の孤独な巨匠」というエルガー像からすると、これらの言葉はあまりに率直で、あまりに熱を帯びている。だが近年、エルガーとヴェラとの往復書簡、さらには晩年にエルガーが入院していたサウス・バンク病院の看護師たちの証言が明らかになるにつれ、二人の関係は単なる音楽的交流の域を超えた、きわめて親密なものであった可能性が強く示唆されるようになった。

 

 エルガー協会会員ケヴィン・アレンによる著書『Elgar in Love』は、この晩年のロマンスを詳細に検証した重要な研究である。そこに描かれるのは、創作意欲をほとんど失いかけていた老作曲家が、一人の若い女性演奏家との出会いによって、再び内的エネルギーを呼び覚まされていく姿である。

 

 注目すべきは、この時期の精神的高揚が、未完に終わった《交響曲第3番》の音楽語法に直接的な痕跡を残している点であろう。とりわけ、第1楽章第2主題に置かれたカンタービレ主題──通称「ヴェラ・ホックマン・テーマ」と呼ばれる旋律──は、エルガー晩年の音楽において異様なまでの若々しさと、私的な抒情を湛えている。

 

 それはもはや、社会的役割や国民的使命感から解放された、一人の老いた人間の「恋する声」である。ここには、アリスへの献身とも、ウィンドフラワーへの精神的憧憬とも異なる、より直接的で、切実な感情の露呈がある。エルガーの音楽がしばしば持つ「誠実さ」は、この地点において、痛々しいほどの真実味を帯びる。

 

 ヴェラ・ホックマンとの交流は、完成作として結実することはなかった。しかし、もし《交響曲第3番》が最終的に書き上げられていたならば、その核心には、この晩年のロマンスが、避けがたく刻み込まれていたに違いない。エルガーの人生と音楽の終章は、決して静かな諦念ではなく、最後まで燃え続けた感情の余熱によって照らされていたのである。

 

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第四章 ヘレン・ウィーバー ― 名を与えられなかった「最初の女性」

 アリスと出会う以前、エルガーはすでに一度、結婚を真剣に考えた女性がいた。ヘレン・ウィーバーである。1883年、ウースターのハイ・ストリート10番地──すなわちエルガー楽器店に住んでいた頃、彼女の家はほど近い84番地で靴屋を営んでいた。地理的な近さは、そのまま心理的距離の近さでもあったのだろう。二人は婚約にまで至る。

 

 しかしこの若き日の幸福は長くは続かなかった。ヘレンは音楽を学ぶためライプチヒへ留学し、エルガーは彼女に会うため、当時としては決して容易ではない大陸への旅を実際に行っている。にもかかわらず、二人の婚約は約18か月で解消され、ヘレンは最終的にニュージーランドへと船で旅立っていった。ここには、後年のエルガーが繰り返し音楽の中で描く「別れ」「距離」「不可逆的な時間」の原型を見ることができる。

 

 このヘレンこそが、《エニグマ変奏曲》第13変奏のモデルではないか、という説は古くから存在する。M・ケネディは『エルガーの肖像』初版において、明言こそ避けながらも「ライプチヒの女」という表現によって、ヘレン説を暗に示唆している。さらに連想の連鎖──ライプチヒという都市、そこから想起されるメンデルスゾーン(当時のエルガーにとって偶像的存在)、そして第13変奏中で引用される《静かな海と楽しい航海》──を辿ると、この変奏が「海を渡って去っていった女性」を描いていると解釈することは、決して牽強付会ではない。

 

 この説を補強する材料は他にも存在する。エルガーは木管曲集《ハーモニー・ミュージック第2番》に「ネリー・シェッド」という名を与えているが、「ネリー」はヘレンの愛称である。また1881年にはポルカ《ネリー》を、翌1882年にはポルカ《La Blonde》を作曲しており、後者にはH.J.Wという、ヘレンのイニシャルが巧妙に織り込まれている。

 

 しかし興味深いのは、エルガーがヘレンに対して、公式に献呈した作品を一つも残していないという事実である。アリスに対しては数多くの関連作品があり、ウィンドフラワーには暗号化されたほどの執着を示し、ヴェラには晩年の情熱を注いだエルガーが、最初の婚約者に対してだけは、徹底した沈黙を守っている。この沈黙こそが、逆説的に彼女の存在の深さを物語っているのではないだろうか。

 

 ヘレン・ウィーバーは、エルガーの音楽の中で名を与えられなかった最初の女性である。しかし、その影は《エニグマ変奏曲》という彼の出世作の、最も謎めいた変奏に、今なお静かに漂っている。彼女は、顕在化することなく、しかし決して消えることのない「原点」として、エルガーの内面に刻み込まれた存在だったのである。

 

 

 

第五章 メアリー・リゴン ― 揺らぐ「第13変奏」最有力説
 メアリー・リゴンは、長らく《エニグマ変奏曲》第13変奏のモデルとして、最も有力な候補と見なされてきた人物である。エルガーとはウースター・フィルハーモニー協会を通じて知り合い、作曲当時、彼女もまたオーストラリアへと船で旅立っていた。第13変奏に漂う「不在」「海」「遠隔」というイメージと、この事実とが見事に符合するため、20世紀半ばまでは、ほぼ定説に近い扱いを受けてきた。
 しかし、このメアリー説は近年、徐々にその足場を失いつつある。アーネスト・ニューマン、マイケル・ケネディ、ウルスタン・アトキンス、パーシー・ヤング、さらにはコラ・ウィーバーといった、エルガー研究の中核を成す論者たちが、いずれもメアリー説に対して明確、あるいは暗黙の否定的見解を示しているからである。彼らの共通認識は、「状況証拠としては美しいが、決定打に欠ける」という点にある。

 

 確かに、メアリーはエルガーにとって決して取るに足らない存在ではなかった。彼女に献呈された《3つの性格的小品》は、《組曲ニ長調》を改作したものであり、この《組曲ニ長調》こそ、エルガーの作品が初めてロンドンで演奏されたという、彼のキャリアにおいて極めて象徴的な作品である。その改作版を彼女に捧げたという事実は、エルガーがメアリーを、少なくとも重要な支援者、あるいは精神的な理解者の一人と見なしていたことを示している。

 

 だが、その一方で、彼女に関しては、ヘレン・ウィーバーに見られるような若き日の痛切な私的痕跡も、ウィンドフラワーに向けられた執拗な暗号化された情念も、ヴェラ・ホックマンへの晩年の燃え上がるような言葉も残されていない。エルガーの内面に深く刻まれた「決定的な女性」としての痕跡は、意外なほど希薄なのである。

 

 その意味でメアリー・リゴンは、《エニグマ変奏曲》第13変奏をめぐる議論の中で、「もっとも説得力があり、しかしもっとも安全すぎる仮説」と言えるかもしれない。彼女は、エルガーの人生に確かに存在した女性であり、作品にも公式に名を刻まれている。しかし、その存在は、あくまで表層に留まり、作曲者の深層心理にまで踏み込んだ痕跡を残してはいないように見える。

 

 こうして見ると、第13変奏の謎が今日に至るまで解かれない理由も明らかになる。エルガーにとって、この変奏が描く「不在の誰か」は、単一の人物に還元できる存在ではなかったのではないか。メアリー・リゴンは、その謎の中で、最も穏健で、最も説明しやすい仮面を与えられてきた存在だったのである。

 

 

第六章 ジュリア・ワーシントン ― 意図的に隠された「もう一つの影」

 

 

 

 《ヴァイオリン協奏曲》のスコアに記された謎の言葉――そこに秘められた「もう一人の女性」としてしばしば名前が挙がるのが、アメリカ人女性ジュリア・ワーシントンである。この説の有力な支持者の一人が、指揮者レオポルト・ストコフスキーであったことも、この仮説に独特の重みを与えている。

 

 エルガーは彼女に《4つのパートソング》の第2曲「我が魂の奥深く(Deep in my Soul)」を献呈している。この題名自体が、エルガーの他の献呈関係と比べても、きわめて内省的で、私的な響きを帯びているのは興味深い。感情を露わにすることを好まなかった作曲者が、あえて「魂の奥深く」という言葉を選んだことは、彼女の存在が単なる社交的知己を超えていた可能性を示唆している。

 

 二人が最初に出会ったのは1905年、ニューヨークにおいてである。その後、ジュリアはイタリアに暮らしており、エルガーがイタリア滞在中には、彼女と連れ立って劇場に出かけたという証言も残されている。さらに、エルガーの重要なパトロンであったフランク・シュースターの邸宅「ザ・ハット」で催されたパーティーには、エルガー夫妻、ウィンドフラワー(アリス・ステュワート・ワートリー)らと共に、彼女の姿も見られている。つまり、彼女は完全に「外部の女性」ではなく、エルガーの芸術的・社交的サークルの内部にいた人物なのである。

 

 しかしながら、彼女について残されている書簡や証言は驚くほど少ない。そのため、彼女はしばしば「謎のアメリカ人女性」と呼ばれてきた。これは単なる資料不足というより、むしろエルガー自身が、意図的に彼女との関係を可視化しなかった結果ではないかとも思われる。ウィンドフラワーのように暗号化された情熱を作品に刻み、ヴェラ・ホックマンのように晩年の書簡で感情を噴出させることもなく、ジュリア・ワーシントンは、ほとんど痕跡を残さずにエルガーの人生を横切っている。

 

 だからこそ、彼女の存在は、《ヴァイオリン協奏曲》に刻まれた「語られない何か」と強く結びつくのである。この協奏曲が、献呈相手であるクライスラーを超えて、誰か別の「聴かれざる受け手」を想定しているのではないかという感覚――それを最も静かに、しかし執拗に想起させるのが、このジュリア・ワーシントンという存在なのだ。

 

 彼女は、確証を欠いた仮説でありながら、同時にエルガーという作曲家がいかに「沈黙」を用いて感情を保存する人物であったかを示す、極めて象徴的な女性である。エルガーの音楽がしばしば「語りすぎないこと」によって深みを獲得しているとすれば、その背後には、ジュリア・ワーシントンのような、名指されぬ影の存在が確かにあったのではないだろうか。

 

 

第七章 ローザ・バーリー ― 描かれなかった女性、記憶の証人 

 

エルガー一家がモールヴァン近郊の「フォーリ」に落ち着いた頃、娘キャリスの通う学校の校長として赴任してきたのがローザ・バーリーであった。彼女は当時まだ無名に近かったエルガーを音楽講師として雇い、その才能を早い段階で評価していた人物の一人である。ローザはエルガーの良き相談相手となり、《カラクタクス》をはじめとする初期作品の作曲過程においても、意見を求められる存在であった。エルガーの伝記を辿ると、彼女の名前は思いのほか頻繁に登場する。
 エルガー一家との関係は単なる職業的なものにとどまらず、私的な交流へと発展していった。1903年のイタリア旅行には彼女も同行している。この旅の途中、エルガーが何気なく口ずさんでいた旋律が、ローザの耳に強く焼き付いたという。彼女はその旋律の正体に、1911年の《交響曲第2番》初演の場で初めて気づいたと回想している。つまり、彼女はまだ作品として形を持たなかった交響曲第2番の「萌芽」を、作曲者自身の無意識の領域で聴いていたことになる。

 

 後年の記録からは、ローザがエルガーに対して少なからぬ愛情を抱いていたことが窺われる。アリス没後、彼女がエルガーの後妻となることを望んでいたという証言も残されている。しかし、エルガー自身はその思いに応えることはなかった。決定的なのは、彼がローザに捧げた作品が一曲も存在しないという事実である。

 

 この点は極めて象徴的である。エルガーの周囲にいた友人や知己の多くは、《エニグマ変奏曲》という形で音楽の中に刻み込まれている。ところが、ローザ・バーリーは描かれていない。少数ながら第13変奏の候補とする説もあるが、決定的な根拠に乏しく、むしろ彼女が「描かれなかった」こと自体に意味があるように思われる。

 

 1904年、ローザは静かにイングランドを離れ、ポルトガルへと移住する。その後に著した回想録『Edward Elgar / The Record of aFriendship(エドワード・エルガー交遊録)』は、エルガー研究において欠かすことのできない一次資料の一つとなっている。彼女は音楽の中に封じ込められた存在ではなく、むしろエルガーの人生と創作を「言葉によって保存した人物」であった。

 

 ローザ・バーリーは、エルガーの音楽に直接刻印された女性ではない。しかし、エルガーという人間を後世に伝える上で、誰よりも重要な役割を果たした女性の一人である。描かれなかったからこそ、彼女は記憶の中で生き続ける。エルガーの周囲に集った女性たちの中で、最も静かで、最も持続的な存在――それがローザ・バーリーであった。

 

 

第八章 フィットン一家 ― 教える者としてのエルガー、音楽的共同体の核

 

 《エニグマ変奏曲》第6変奏「Ysobel」として描かれているイザベル・フィットンは、エルガーの音楽教室に通っていた生徒の一人である。彼女は当初ヴァイオリンを学んでいたが、「ありふれているから」という理由でヴィオラへ転向したという。この選択自体が、いかにもエルガー的な視点――主旋律よりも内声に価値を見出す感性――と呼応しているようで興味深い。

 

 第6変奏冒頭に現れる特徴的な旋律は、エルガーが彼女のために課したヴィオラ練習用の音型に由来するものだとされている。つまりこの変奏は、肖像画であると同時に、教育的記憶の音楽化でもある。エルガーはイザベルの21歳の誕生日に、ピアノ曲《プレスト》を献呈しており、師弟関係が単なるレッスンを超えた温かな交流であったことが窺える。

 

 フィットン家の母ハリエット・フィットンもまた、音楽的に極めて高い素養を持つ女性であった。彼女はショパンの弟子に師事しており、演奏家として活動していても不思議ではないほどのピアノの腕前を有していたという。しかし、結婚を機に家庭に入り、職業音楽家の道を断念した。19世紀後半から20世紀初頭にかけての女性音楽家の典型的な運命が、ここにも見て取れる。

 

 フィットン家のもう一人の娘ヒルダはヴァイオリンを演奏し、イザベルとともにモールヴァーン・オーケストラ協会のメンバーとして活動した。エルガーの指揮のもとで実際に演奏した経験もあり、この一家がエルガーの音楽活動の「受け手」であると同時に「担い手」でもあったことが分かる。エルガーはヒルダにピアノ曲《パストウレル》を、母ハリエットには女声合唱曲《雪》および《飛べ、さえずる鳥よ》を献呈している。献呈先が一家の中で明確に分かれている点も、彼の人間関係の誠実さを物語っている。

 

 さらに重要なのは、フィットン一家がキャロライン・アリス・ロバーツ(後のエルガー夫人)とも親しく、彼女をエルガーに紹介したのがこの一家であったと伝えられている点である。つまりフィットン家は、エルガーの創作と人生の両面において、極めて重要な「結節点」に位置していたのである。

 

 フィットン一家との関係において、エルガーは恋愛者でもなく、憧憬の対象でもない。彼は「教える者」であり、「地域に根差した音楽家」であり、同時に家庭的な音楽共同体の中心にいる存在であった。《エニグマ変奏曲》第6変奏は、そのような日常的で私的な音楽生活が、芸術作品へと昇華された稀有な例と言えるだろう。

 

 

 

第九章 ファニー・デイヴィス ― 失われた協奏曲の影に立つ女性

 

 

 

 1901年、エルガーは当時ロンドンで活躍していた女流ピアニスト、ファニー・デイヴィスからリサイタル用作品の委嘱を受けた。彼女はブラームス晩年の重要な解釈者としても知られ、作曲家本人から高く評価されていた演奏家である。エルガーがこの委嘱に際して、当初《ピアノ協奏曲》という大規模な構想を抱いていたことは注目に値する。

 

 しかし結果として完成したのは、約10分ほどのピアノ独奏曲《コンサート・アレグロ》であった。協奏曲という野心的な構想が、単一楽章のピアノ曲へと縮減された背景には、体調、時間、精神的消耗など、複数の要因があったと考えられている。エルガー自身、ピアノという楽器に対して必ずしも自在な書法を持っていたわけではなく、オーケストラ作品とは異なる困難があったことも想像に難くない。

 

 興味深いのは、この《コンサート・アレグロ》が単なる「代替作品」にとどまらなかった点である。エルガーはその後、この楽曲を素材として再び《ピアノ協奏曲》の作曲を試みている。しかし、その協奏曲稿は現在失われており、どの程度完成していたのか、また実際にどのような音楽であったのかは分かっていない。これは《交響曲第3番》や《ピアノ協奏曲断片》と並ぶ、エルガー創作史における「幻の大作」の一つと言えるだろう。

 

 さらに《コンサート・アレグロ》には、作品番号をめぐる不可解な問題が存在する。一般にこの曲には作品番号41と46という二つの番号が付されており、しかもそれぞれが他のエルガー作品と重複している。なぜエルガーが作品番号を付け替えたのか、あるいは出版や改訂の過程でどのような意図が働いたのかについては、いまだ明確な結論が出ていない。また、複数の改訂版が存在するらしいことも分かっているが、それらの相互関係も十分に整理されているとは言い難い。

 

 この混乱は、エルガーがこの作品に対して抱いていた ambivalence(両義的感情)を象徴しているかのようである。協奏曲になり得たはずの音楽、しかし協奏曲にはなり切れなかった音楽。そこには、作曲者自身の自己評価や、ピアノという楽器に対する距離感、さらには創作意欲の揺らぎが複雑に絡み合っている。

 

 ファニー・デイヴィスという存在は、エルガーにとって恋愛的対象でも、親密な私的関係の相手でもなかった。しかし彼女は、エルガーが「書こうとして書けなかった音楽」を最も鋭く照らし出す存在であったと言える。彼女のために構想されたピアノ協奏曲は失われたが、その不在こそが、エルガー晩年へと続く未完性の美学を先取りしているのである。

 

 

第十章 キャリス・エルガー・ブレイク ― 秘密の言語としての音楽

 

沈黙するミューズたち――エルガーの音楽に刻まれた女性の影

 

エドワード・エルガーと妻アリスの間に生まれた一人娘キャリスは、作曲家の人生において特別な存在でありながら、意外なことに、彼女に直接献呈された主要作品は存在しない。しかしそれは、キャリスがエルガーの音楽世界から距離を置かれていたことを意味しない。むしろ彼女は、作品番号や献呈といった公的な痕跡を拒むかのような、極めて私的な領域において、父の音楽と深く結びついていた存在であった。

 

 キャリスが可愛がっていた白ウサギ、ピエトロダルバ(通称ピーター・ラビット)に捧げられたとされる女声合唱曲《Owls, a Epitaph(ふくろう、墓碑銘)》は、その象徴的な例である。この曲は《4つのパートソング》第4曲にあたるが、題材の奇妙さ、テキストの謎めいた内容はいかにもエルガーらしく、同時に極めて内輪的である。動物好きとして知られるエルガーの性格を反映した微笑ましい逸話であると同時に、この作品は、父と娘の間に共有された小宇宙の存在を静かに示唆している。

 

 なお「ピエトロダルバ」という名前は、エルガー自身が気に入っていた呼称であり、彼はこれをペンネームとしても用いている。《川》《たいまつ》といった歌曲では、作詞・作曲ともにこの名が用いられており、そこには作曲家が現実の自我から一歩身を引き、仮面を通して語ろうとする姿勢が見て取れる。この仮名の選択が、キャリスの愛玩動物に由来しているという事実は、エルガーにとって創作と家庭生活が決して断絶したものではなかったことを物語っている。

 

 エルガーとキャリスの関係で特筆すべきなのは、二人の間にのみ通じる暗号的な言語の存在である。残された書簡には、言葉遊びや記号、隠喩が頻繁に用いられており、第三者には完全には解読できないやり取りがなされている。《Owls》のテキストもまた、エルガー自身の手になるものであるが、その内容は象徴的で、多義的であり、まるで私信が音楽へと変換されたかのような趣を持つ。

 

 こうした「秘密の言語」への嗜好は、エルガーの本質を鋭く突いている。《エニグマ変奏曲》に象徴されるように、彼は生涯にわたって、音楽を単なる表現手段ではなく、意味を隠し、封じ、選ばれた相手にのみ開示される暗号として用い続けた作曲家であった。その最も純粋な形が、キャリスとの関係において現れていると言ってよいだろう。

 

 なお「キャリス」という名前自体も象徴的である。この名は母キャロライン・アリスの名に由来しており、妻と娘という二つの存在が、エルガーの私的宇宙の中で連続したものとして位置づけられていることを示している。妻が彼の芸術を支え、娘が彼の内面世界を共有したとするならば、キャリスは作品に直接刻まれない代わりに、エルガーの音楽的思考そのものの深層に存在していたのである。

 

 エルガーを巡る多くの女性たちが、献呈や主題、象徴として音楽の中に刻み込まれているのに対し、キャリスだけは、音楽の外縁にいながら、最も深く中心に近い場所にいた。彼女は「描かれなかったミューズ」であり、エルガーが最後まで手放さなかった、私的で不可侵な聖域そのものだったのかもしれない。

 

 

 

第十一章 ルーシー・エルガー ― 原点としての家族的情感

 

 1872年、まだ無名の青年であったエドワード・エルガーは、姉ルーシーの誕生日のために歌曲《花ことば》を作曲している。後年の大作群を知る聴き手にとっては、ごく小規模で素朴な作品に過ぎないが、この曲にはすでに、エルガーという作曲家の本質が明確に刻まれている。

 

 和声語法も構成もきわめて簡潔であり、技巧的な野心はほとんど見られない。しかし、その旋律線には、後の《愛の挨拶》や多くの歌曲、さらには緩徐楽章群に連なる「一度聴けば忘れがたい旋律」を生み出す才能の萌芽が、疑いようもなく表れている。エルガーがしばしば「旋律の作曲家」と呼ばれる所以は、すでにこの時点で明確であったと言えるだろう。

 

 重要なのは、この作品が姉への私的な贈り物として書かれている点である。後年、エルガーは多くの女性たちとの精神的・感情的な関係を創作の糧としていくが、その出発点には、恋愛でも芸術的ミューズでもなく、家族的な親愛と信頼が存在していた。《花ことば》は、そうした原初的な感情が、音楽へと自然に変換された最初期の例である。

 

 振り返ってみれば、エルガーの音楽に一貫して流れる「優しさ」「誠実さ」「語りかけるような旋律」は、決して後天的に獲得されたものではない。それは、家族という最も身近な共同体の中で育まれ、音楽という形を通して外界へと差し出された感情の延長線上にある。《花ことば》は、その意味で、エルガーの創作世界の原点を静かに示す、小さくも重要な証言なのである。

 

 

 

第十二章 北の恋人 ― 名を持たぬミューズと音楽への昇華

 

 ヘレン・ウィーバーとの婚約が破局に終わった翌年、1884年。失意の只中にあったエルガーは、心身を癒すためスコットランドへ旅立ち、インヴァネスで一人の女性と出会ったとされている。今日判明している事実は驚くほど少ない。彼女のイニシャルがエルガーと同じく「E・E」であったこと、そしてヴァイオリン奏者であったらしいという点のみである。名前も、詳しい経緯も、確かな記録はほとんど残されていない。

 

 しかし、この匿名性こそが、この関係の本質を雄弁に物語っているように思われる。エルガーは、特定の女性に作品を献呈することも、書簡を大量に残すこともなかった。代わりに、この実らなかった恋は、《牧歌(Pastoral)》という音楽へと姿を変えている。

 

 この《牧歌》に見られるのは、情熱的な告白や劇的な高揚ではなく、むしろ淡い郷愁と静かな内省である。それは後年の交響曲や協奏曲に見られる深い哀感の、きわめて初期の兆しとも言えるだろう。ここには、失われたものを声高に嘆くのではなく、沈黙の中で受け入れ、音楽として昇華するエルガー特有の態度がすでに現れている。

 

 名を持たぬこの「北の恋人」は、アリスやウィンドフラワー、ヴェラのように具体的な肖像を音楽に刻まれることはなかった。しかしその匿名性ゆえに、彼女は特定の人物を超え、「若きエルガーが初めて直面した喪失そのもの」を象徴する存在となっている。《牧歌》は、その個人的体験を普遍的な抒情へと変換した、静かな里程標なのである。

 

 

第十三章 ホロウェイ嬢 ― 職業音楽家としてのエルガー、その出発点

 

 1879年、22歳の若きエルガーは、ウースター近郊ポウィック精神病院に付属する楽団でバンドマスターを務めていた。この時期の彼は、後年の「英国を代表する作曲家」という姿からは想像しがたいほど、実務的な音楽家であり、日々の演奏のためにポルカやカドリーユといった実用音楽を量産していた。

 

 その中で作曲された《Die Junge Kokette》《Paris》――いずれも5曲から成る舞曲組曲――は、同楽団でピアノを担当していたホロウェイ嬢に献呈されている。ここで注目すべきは、これがロマンティックな感情の表出というよりも、職場における音楽的パートナーへの自然な敬意表明である点である。

 

 この献呈には、後年のアリスやウィンドフラワー、あるいはヴェラ・ホックマンに見られるような情念や精神的依存の痕跡はほとんど感じられない。むしろそこにあるのは、若きエルガーが「演奏される音楽」を最優先に考え、目の前の奏者の技量や役割を踏まえて作品を書く、きわめて健全で職人的な姿である。

 

 しかし同時に、この時期の経験は決して軽視されるべきものではない。ポウィック時代に培われた合奏感覚、器楽的バランス、奏者心理への配慮は、後年の管弦楽書法や室内楽作品に確実に生きている。ホロウェイ嬢への献呈作品は、エルガーが「孤高の天才」ではなく、共同体の中で鍛えられた音楽家であったことを雄弁に物語っている。

 

 ホロウェイ嬢は、エルガーの人生において特別な感情を刻んだ存在ではないかもしれない。しかし彼女は、作曲家エルガーが最初に身を置いた「現場」の象徴であり、後年の巨大な交響的構築物の、もっとも素朴で現実的な基礎を支えた存在の一人なのである。

 

 

 

第十四章《エニグマ変奏曲》で描かれたその他の女性 ― 人格のスケッチとしての「女性像」 

 

《エニグマ変奏曲》に描かれた女性たちは、必ずしもエルガーの内面を激しく揺さぶった存在ばかりではない。むしろここでは、**日常的な交友関係の中で捉えられた「性格の断片」**が、音楽的な戯画として結晶している点が重要である。

 

1.ウィニフレッド・ノーベリー

 

 《エニグマ》第8変奏で描かれているウィニフレッド・ノーベリーは、ウースター・フィルハーモニー協会の事務員であった。彼女はモールヴァン・リンクの北に位置する、18世紀に建てられた館「シェリッジ」に住んでおり、この変奏では、彼女特有の屈託のない笑い声と、その邸宅の雰囲気が音楽的に戯画化されている。

 

 第8変奏は、作品全体の中でもとりわけ軽やかで、詩情に満ちた一曲である。ここに描かれているのは、心理的深層や秘められた感情ではなく、**空間と人物が結びついた“記憶のスナップショット”**に近い。エルガーにとってノーベリーは、感情の投影対象というより、生活の周縁に彩りを与える存在であり、その距離感が音楽にも正確に反映されている。

 

 

2.ドーラ・ペニー

 《エニグマ》第10変奏のモデルであるドーラ・ペニーは、エルガーの周囲にいた若い女性の中でも、とりわけ親密な交流を持っていた人物である。彼女は後に、第2変奏で描かれているリチャード・パウェルと結婚している。1937年には回想録『Edward Elgar: Memory of a Variation』を著し、《エニグマ変奏曲》成立の内側を伝える貴重な証言者ともなった。

 

 第10変奏は、活発で、やや気まぐれな性格を感じさせる音楽であり、そこには若々しい躍動感と親しみやすさが同居している。ここで描かれるドーラは、恋愛の対象というよりも、無邪気さと生命感を象徴する存在として位置づけられている。彼女が後年、エルガーの音楽を記憶とともに語る役割を担ったことは、この変奏が単なる性格描写にとどまらず、時を超えた「共有された経験」として機能していたことを示している。

 

 このように、《エニグマ変奏曲》に描かれた女性たちは、ミューズや秘められた恋の対象というよりも、エルガーの日常世界を構成する人格的風景であった。彼は彼女たちを理想化することなく、しかし愛情とユーモアをもって音楽に刻み込んでいる。そこにこそ、《エニグマ変奏曲》が単なる私的暗号を超えて、豊かな人間喜劇として立ち上がる理由があるのだろう。

 

 

第十五章 ジェリー・ダラニー 生きた音楽がもたらす直接的な力

 

 

 1919年頃、第一次世界大戦を通じて精神的に打ちひしがれていたエルガーは、さらに最愛の妻アリスの病状悪化という現実に直面していた。創作意欲は著しく減退し、作曲途中であった《チェロ協奏曲》も完成の見通しが立たず、エルガー自身が「もはや書く力を失った」と語るほど、深い虚脱状態にあったとされる。

 

 そのような時期に出会ったのが、ハンガリー出身の若きヴァイオリニスト、ジェリー・ダラニーであった。1920年、彼女は病床にあったアリスを見舞うためエルガーの家を訪れ、そこで《ヴァイオリン・ソナタ》を演奏している。この出来事は、単なる私的な慰問を超え、エルガーにとって久しく忘れかけていた**「生きた音楽がもたらす直接的な力」**を再び実感させる体験であったと考えられている。

 

 ダラニーの演奏は、技巧を誇示するものではなく、内省的で誠実な音楽性を備えていたと伝えられている。それはまさに、晩年のエルガーが到達しつつあった表現世界――華やかなエドワード朝的壮麗さを脱ぎ捨て、孤独と喪失を静かに見つめる境地――と共鳴するものであった。彼女との交流が、《チェロ協奏曲》完成への直接的な契機であったと断言することはできないが、少なくとも、エルガーの心に再び音楽の灯をともす一因となったことは疑いない。

 

 ジェリー・ダラニーは、エルガーの人生において恋愛的な存在であった可能性もないことはないと言われる。しかし彼女は、絶望の淵にあった作曲家にとって、音楽そのものの可能性を思い出させる媒介者であった。彼女の存在は、《エニグマ変奏曲》に描かれた女性たちとは性格を異にし、むしろ《チェロ協奏曲》以後の沈黙と晩年様式を理解するうえで、静かだが決定的な意味を持っているように思われる。

 

 

第十六章 クララ・バット 深き声のミューズ

デイム・クララ・エレン・バット(1872–1936)は、20世紀初頭イングランドを代表するコントラルトであった。その声は、豊潤で暗く、しかも圧倒的な声量を備えていた。エルガーが彼女に強く惹かれたのは偶然ではない。作曲家は彼女の声質を明確に意識しながら作品を書いたと伝えられる。
1899年初演の《Sea Pictures(海の絵)》は、しばしばアルトやメゾソプラノによって歌われる。しかし実際には、オーケストラの厚みの中で低音域が埋没しやすいという問題を孕む。
バットの声はまさにその低音域に最大の魅力を発揮した。深く沈み込みながらも芯を失わない声質――それを前提にエルガーはオーケストレーションを構築したと考えられる。
初演時、彼女がマーメイドの衣装で舞台に立った逸話は有名だが、それは単なる演出ではない。
作曲者と歌手の結びつきが、象徴的な形で可視化された瞬間であった。
翌1900年、《The Dream of Gerontius(ゲロンティアスの夢)》の天使役にも、エルガーはバットを想定していた節がある。問題となるのは練習番号120直前、天使が「Alleluia」と歌う頂点である。楽譜上はEでも可とされるが、本来の頂点はハイA。
このハイAは、続く「神の一瞥」のハイA、そしてテノールの「Take me away」のハイAと連動する、いわば「トリプルA」の構造を形成している。
バットは男声と誤認されるほどの低音を誇る真性コントラルトであった。高音Aは彼女にとって理想的な音域ではない。Eという代替音は、彼女の声質を尊重した実践的配慮であった可能性がある。
ここにエルガーの柔軟性が見える。彼は理念としての構造を持ちながら、現実の歌手に合わせて可変的に設計した。
当然ながら、エルガーの愛唱歌《Land of Hope and Glory(希望と栄光の国)》もバットの得意曲であった。
しかし録音年代には混乱がある。1909年、1911年、1912年、1916年、1930年――資料によって記載が揺れる。
現存する録音は実質的に1909年盤と1930年盤の二種と考えるのが妥当であろう。いずれも音質は古いが、堂々たる低音は明瞭であり、エルガーが魅了された声の本質を今に伝えている。
クララ・バットは単なる初演歌手ではない。
彼女はエルガーにとって、声という楽器の可能性を拡張する存在であった。
 《海の絵》の深海のような響きも、
 《ゲロンティアス》の天上的光も、
 《希望と栄光の国》の威厳も、
そこには常に、低音の重心がある。
エルガーの女性関係を語るとき、ロマンティックな逸話以上に重要なのは、彼が特定の声を想定し、そこから作品世界を構築したという事実である。
クララ・バット――
それはエルガー音楽における「地の力」の象徴であった。

 

 

第十七章 マリー・ホール 作曲者の理想を弓に託して

マリー・ホールはエルガーの弟子であり、20世紀初頭の英国を代表する女性ヴァイオリニストの一人であった。彼女は当時としては例外的な成功を収め、エルガー門下の中でも唯一成功をおさめた存在である。

 

1916年、ホールはエルガー自身の指揮のもと、《ヴァイオリン協奏曲 変ロ短調 作品61》を録音した。この録音は、エルガー作品における初の協奏曲録音であり、単なる歴史的遺産ではなく、作曲者の演奏観を反映した一次資料として特別な価値を持つ。ソリストにホールが選ばれた背景には、彼女の確かな技巧と豊かな表現力、そして作曲者からの厚い信頼があったと考えられる。

 

録音はエジソン方式によるアコースティック録音(ラッパ吹込み)で、音質は今日の基準では劣悪である。さらに録音時間の制約から、全体のテンポは不自然なほど速く設定され、音楽的自然さを欠く部分もある。しかしその制約の中でも、ホールは温かみと情熱に満ちた音色を保ち、作品への深い共感を明確に伝えている。

 

とりわけ彼女の演奏に顕著なのは、柔らかく内面的な抒情性である。その音色は、後年の名録音として知られるYehudi Menuhin(1932年録音)にも通じるものであり、「エルガーらしさ」を体現する音色的理想の萌芽を示している。ホールの演奏は録音史の中では目立たない存在でありながら、エルガー協奏曲解釈の原点を示す重要な証言なのである。

 

1916年録音は、20世紀初頭英国における「作曲者監修の演奏記録」として再評価されるべき一次史料である。今日その存在は広く知られているとは言い難いが、エルガー研究者やエルガリアンにとっては、協奏曲解釈の基準点となる重要な参照資料であることは疑いない。

 

 

第十八章 ベアトリス・ハリソン ナイチンゲールのチェリスト

彼女は《チェロ協奏曲 ホ短調 作品85》を決定的に世に広めた存在である。
1919年に協奏曲が出版されると、エルガーはすぐに録音を企画し、1920年と1928年の二度にわたり自ら指揮を執った。その両方でソリストに指名されたのがベアトリスだった。エルガーは「私がこの曲を指揮するなら、ソリストは常に彼女でなければならない」とまで語ったという。これは単なる信頼を超えた、理想の体現者への確信である。
最初の1920年録音はアコースティック方式によるラッパ吹込みで、しかも収録時間の制約から短縮版であった。音質はか細く、技術的には不完全と言わざるを得ない。しかしその向こう側から立ち上るベアトリスの響きは、幽玄で温かく、深い内省に満ちている。音の芯に宿る詩情は、音質の限界を超えて伝わってくる。
1928年の電気録音では、全曲が短縮なしで記録された。ここでベアトリスは初録音をさらに発展させ、より豊かな陰影と表現の幅を示している。
1920年、最晩年のアリス・エルガーはベアトリスの演奏を聴き、「あなたのお嬢さんが、この曲の素晴らしさを広めてくれるでしょう」と母親に語ったという。この予言は現実となった。ベアトリスこそが、協奏曲の価値を世に確立させた最初の伝道者だったのである。
ベアトリスにはもう一つの伝説がある。
彼女が自宅の庭でチェロを弾くと、集まったナイチンゲールが同時に歌い始めるという逸話である。その様子は録音として残されている。やらせ説も囁かれるが、そうした幻想が生まれるほど、彼女の演奏が自然と共鳴する詩情を持っていたことの証でもある。
ベアトリス・ハリソンは、エルガーの理想を最も深く体現したチェリストであった。
彼女の音色は、協奏曲に宿る哀愁と気高さを初めて明確な形にした。
そしてその響きは、時代を越えて次の世代へと受け継がれていったのである。

 

 

愛の音楽家エドワード・エルガー

 

 

 

 

エルガーにとってミューズとは何だったのか

1.恋愛対象ではなく「感情の触媒」

 

エルガーの人生を見渡すと、女性との関係は数多いものの、スキャンダラスな情事や破滅的恋愛は意外なほど少ない。
しかし、ほぼすべての重要な作品の背後には、特定の女性の存在がある。

 

ここで重要なのは、エルガーにとって女性は「欲望の対象」ではなく、感情を音楽へと変換する触媒だった、という点である。

 

 実らぬ恋(ヘレン、北の恋人)

 

 崇拝と距離(ジュリア・ワーシントン)

 

 親密な友情(フィットン家、ファニー・デイヴィス)

 

 家族的・精神的結びつき(アリス、キャリス、ルーシー)

 

 晩年の救済的出会い(ジェリー・ダラニー)

 

いずれも「成就/不成就」よりも、彼女たちが呼び起こした感情そのものが音楽化されている。

 

 

2.「語られない感情」を引き受ける存在

 

エルガーは決して雄弁な告白型の作曲家ではない。むしろ、彼は感情を直接語ることを恐れ、暗号化する作曲家である。

 

 《エニグマ変奏曲》

 

 《ヴァイオリン協奏曲》の謎の献辞

 

 娘キャリスとの暗号文書

 

 仮名(ピエトロダルバ)による自己分身

 

ここで女性たちは、 **言葉にできない感情を引き受ける「器」**として現れる。

 

彼女たちは必ずしも「実在の人物そのまま」ではなく、エルガーの内面――憧れ、後悔、孤独、敬意、感謝――を安全に投影できる対象だった。

 

 

3.男性的英雄像へのカウンターとしての女性

 

エルガーはしばしば「帝国音楽」「英国的威厳」の作曲家と誤解されるが、彼の内面は極めて傷つきやすく、自己懐疑的であった。

 

 成り上がりの地方出身

 

 学院派ではない自己流作曲家

 

 ロンドン音楽界へのコンプレックス

 

その緊張を中和したのが、女性たちである。

 

彼女たちは、批評家ではなく権威でもなく競争相手でもない。

 

無条件に感情を受け止めうる存在として機能した。

 

だからエルガーの女性像は、英雄的でも官能的でもなく、**「傍らに佇み、黙って聴いている存在」**として描かれることが多いのだろう。

 

4.アリス夫人という例外的存在

 

この文脈で、アリス・エルガーは決定的に特別である。

 

彼女は

 

 母

 

 妻

 

 編集者

 

 庇護者

 

 最初の理解者

 

という複数の役割を同時に担った、ほぼ唯一の存在である。

 

しかし皮肉なことに、アリスに直接捧げられた大作は少ない。

 

それは、彼女が「対象」ではなくエルガーという作曲家そのものを成立させる前提条件だったから。

 

アリスの死後、エルガーの音楽が急速に沈黙へ向かう事実は、女性が彼にとって「支え」ではなく創作そのものの土台だったことを雄弁に物語っている。

 

5.晩年における女性=音楽そのもの

 

ジェリー・ダラニーの位置づけは、象徴的だ。

 

彼女は

 

 恋人でも

 

 家族でも

 

 ミューズでもない

 

それでも彼女は 音楽がまだ生きていることを思い出させた存在だった。

 

この段階で、エルガーにとって女性とはもはや「誰か」ではなく、音楽そのものの化身に近づいていった。

 

《チェロ協奏曲》の内省的な独白は、特定の女性に向けられたものではなく、かつて彼を音楽へ導いた「女性的な他者」全体への、静かな告別のようにも聴こえる。

 

 

 

エルガーにとって女性とは、愛する対象ではなく、「自分自身を語るために必要だった他者」だった。

 

彼は女性を通して、

 

 感情を知り

 

 感情を隠し

 

 感情を音楽に変え

 

そして感情から別れていった。

 

だからこそ、エルガーの音楽に登場する女性たちは常に「少し距離があり」「決して完全には語られない」。

 

それは冷淡さではなく、敬意と畏れを伴った沈黙なのである。

【参考CD】
1.「Elgar the Complete Choral Songs」D・ハント指揮/ウースター大聖堂聖歌隊,アリスの項で紹介した《おお幸せな目よ》《愛》《雪》《とべ、さえずる鳥よ》《クリスマス・グリーティンク》を収録
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/5chb9w
2.《バイエルンの高地から》 R・ヒコックス指揮/LSOほか アリスの項で紹介 
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/5agc38
3.「エルガー秘曲集」 ボストック指揮/ミュンヘン響ほか アリスの項で紹介した《暁の風》、ウィンドフラワーの項で紹介した《ピアノ協奏曲》を収録
 Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/5rmn63
4.《交響曲第二番》 D・バレンボイム指揮/LPOほか ウィンドフラワーの項で紹介、その他アリスの項で紹介した《弦楽セレナード》を収録
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/6osjzn
5.「Elgar Cathedral Music」D・ハント指揮/ウースター大聖堂聖歌隊 ウィンドフラワーの項で紹介した《祈り》収録 
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/5a3v4y
6.《ヴァイオリン協奏曲》 E・エルガー指揮/メニューイン独奏 ウィンドフラワーの項で紹
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/6h8l7r 
7.《交響曲第三番》 A・デイヴィス指揮/BBC響 ヴェラ・ホックマンの項で紹介
8.《エニグマ変奏曲》 ガーディナー指揮/VPO 第1変奏はアリスの項で紹介、第6変奏はイザベル・フィットン、第8変奏はノーバリー、第10変奏はドーラ・ペニー、第13変奏はヘレン・ウィーバー、メアリー・リゴンの項で紹介
9.「Complete Music for Wind Quintet Vol.2」アテナ・アンサンブル ヘレン・ウィーバーの項で紹介した《Harmony Music No.2=ネリー・シェッド》を収録
10.「Elgar Powick Asylum Music」B・コレット指揮/ルトランド・シンフォニア ヘレン・ウィーバーの項で紹介した《Polka Nelly》《Polka La Blonde》、ホロウェイの項で紹介した《Die Junge Kokette》《Paris》を収録
11.「Unknown Elgar」 B・コレット指揮ほか ルーシー・エルガーで紹介した《花ことば》、アリスの項で紹介した《王道》を収録。

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