失意
愛妻アリスの死は、エルガーの創作活動にとって、致命的な断絶であった。
それ以降、彼が大きな作品を生み出すことは、ほとんどなくなる。
セヴァーン・ハウスの地下室。
かつて「箱舟」と名付けた実験室に置かれた顕微鏡を、エルガーは一人、黙って覗き込む。微細な世界の構造に没頭することで、彼はようやく、耐えがたい孤独と喪失の感情から、心を逸らすことができた。
作曲する機会は減った。
その代わり、バッハやヘンデルの作品を編曲し、ハンス・リヒターの後任としてロンドン交響楽団の指揮台に立ち、さらには自作の録音に力を注ぐことで、芸術家としての火をかろうじて保ち続けた。
だがそれは、もはや新たな創造の炎ではなく、消えゆく残光を守る営みであった。
1921年、エルガーはついに「セヴァーン・ハウス」を去る決意をする。
戦争と、そして何よりアリスの死という二重の痛みを、これ以上この場所に留まって抱え続けることは、もはやできなかった。
彼はロンドン中心部、セント・ジェームズの家へと移り住む。セント・ジェームズ宮殿の近く、グリーン・パークに隣接するその地は、大都会のただ中にありながら、不思議な静けさを保っていた。
ほど近くには、1899年、《エニグマ変奏曲》の初演が行われ、ようやく作曲家として認められた、思い出深いセント・ジェームズ・ホールがあった。
しかし今、そのすべては、遠い過去の幻影にすぎなかった。
創造の炎は、アリスの死とともに、ほとんど燃え尽きていた。
以後の作品群には、かつての壮麗さや高揚は影を潜め、代わって、くすぶる残り火のような、抑制と沈黙の気配が漂う。大作と呼べるものは姿を消し、小規模で内省的な作品が中心となってゆく。
その中にあって、1923年に書かれた組曲《アーサー王》は、比較的規模の大きな例外であり、老境のエルガーがなお手放さなかった壮大なオーケストレーションの名残を伝えている。この音楽の一部は、やがて未完に終わる《交響曲第3番》へと姿を変えて引用されることになる。
それは、語り尽くされなかった言葉の残響であり、最後まで書かれなかった人生の続章であった。
〔参考CD〕
*組曲《アーサー王》 ハースト指揮/ボーンマス・シンフォニエッタ
今のところ唯一の録音。ウォルトンやRVWのような映画音楽的で壮大なオーケストレイションが楽しめる。本来ならもっと演奏されるべき曲だと思う。
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《ピアノ五重奏曲管弦楽版》 新しい風》


