音楽への夢
この頃のエルガーは、ウースター北郊にあるクレイネス教会の庭を好んで訪れた。父の店から楽譜を抱えて出かけ、木立に囲まれた静かな境内に腰を下ろし、何時間もそれらに没頭したという。鳥のさえずり、風に揺れる葉擦れの音、遠くから聞こえる鐘の響き。そうした自然の息遣いの中で、少年は音楽と向き合っていた。
なかでも彼の心を強く惹きつけたのが、ベートーヴェンの《交響曲第6番「田園」》であった。
伸びやかに歌う旋律、自然の美を讃える清澄な精神。そこに、彼自身が育ったウースター地方の風景と、深い共鳴を感じ取ったのだろう。エルガーが後年、しばしば野外で作曲するようになる原点は、このクレイネスの教会庭園にあったと考えられる。
「音楽は私たちを取り巻く空気の中にあり、好きなだけ取り出すことができる」
という彼の言葉は、この体験から生まれた実感そのものである。
1870年頃、13歳となったエルガーは、父に代わってセント・ジョージ教会のオルガニストを務めるようになる。同時に、ミサのための聖歌やモテットの作曲にも取り組み、宗教音楽の実践を通して、作曲技法と精神性の双方を磨いていった。
1872年、15歳のとき、姉ルーシーの誕生日に捧げた歌曲《花ことば(The Language of Flower)》には、すでに後年のエルガーを思わせる、柔らかく親しみやすい旋律美が宿っている。また、オーボエを吹く弟フランクのために《フーガ ト短調》を作曲するなど、創作活動はこの頃から目覚ましく活発化していった。
しかし、音楽の道に専心したいという本人の希望とは裏腹に、家庭の経済事情は、彼に高等な音楽教育を受けさせる余裕を許さなかった。学校卒業後、エルガーは法律事務所に勤めることになる。だが、音楽への情熱は到底抑えきれるものではなく、ほどなくして事務所を辞し、父の店で経理を手伝いながら独学による研鑽を続ける道を選ぶ。
1877年にはロンドンへ赴き、当時著名なヴァイオリン教師であったアドルフ・ポリツァーに師事する。短期間ながら、この経験は彼の演奏技術と音楽観に大きな刺激を与えた。帰郷後は「ポリツァーの弟子」を名乗ってヴァイオリンとピアノの教室を開き、生計を立てている。当時の新聞広告には、その文言がはっきりと記されており、無名の青年がいかに必死に道を切り開こうとしていたかが偲ばれる。
同時期、彼はポウィック精神病院付属楽団のために、ポルカやカドリーユといった舞曲を作曲する。院長は、音楽が精神治療に有効であるとの信念から、院内に専属楽団を設けていた。エルガーはその指導者として招かれ、演奏と作曲の両面で活動したのである。また、仲間と結成したセレナード楽団では、彼自身がバスーン(ファゴット)を吹き、演奏家としても研鑽を積んだ。
こうした日々は、音楽的には充実していた。しかし、エルガーの胸中には、地方音楽家としての安住では満たされぬ、より大きな野望が燃え続けていた。彼の目標は、英国を代表する作曲家として世に認められることであった。
1884年、小編成管弦楽のために書かれた《セヴィリアの女(Sevillana op.7)》が、アウグスト・マンスの指揮により、ロンドンのクリスタル・パレスで演奏される。翌1885年には、《組曲 ニ長調》が初めて出版された。これらは確かな前進であったが、なお彼は「無名の地方作曲家」という評価の枠を出ることはできなかった。
だが、この時期に積み重ねられた、教会音楽、舞曲、室内楽、教育活動、そして自然の中で培われた感受性のすべてが、やがて《エニグマ変奏曲》へと結実し、エルガーを一躍国際的作曲家へと押し上げる原動力となる。
赤レンガのコテージから始まった少年の夢は、静かに、しかし確実に、歴史へと歩みを進めていたのである。
〔参考CD〕
*「Elgar Cathedral Music」 ハント指揮ほか
エルガーがセント・ジョージ教会のために作曲した宗教曲が中心のCD。《アヴェ・ヴェルム・コルプス(Ave Verm Corpus)》は、1887作曲の《ピエ・イエス(Pie Jesu)》を改作したもので、エルガー自身の葬儀の際に演奏された。
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*《花ことば》 コレット指揮ほか「The Unknown Elgar」
他にも、《ペイジェント・オブ・エンパイア(帝国の大祭典)》の中から「西方への旅」と「不滅の伝説」といった珍しい曲を収めたCD。
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*《セヴィリアの女》 マリナー指揮/ノーザン・シンフォニア「The Lighter Elgar」
コリンウッドとマリナー指揮による小曲集。《ミーナ》などの曲を収録。
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*《フーガ》ト短調 B・コレット指揮/ルトランド・シンフォニア「Elgar Powick Asylum Music」
ポウィック病院のための曲を集めたCD。《ポルカ・ネリー》なども収録されている。
*「Complete music for wind quintet vol.1~2」 Athena Ensemble
エルガー初期の木管楽器による曲集。後に《スペインの貴婦人》や《セヴァーン組曲》に転用される曲が収められており、エルガー初期の作風を知る上で興味深い。
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*《ガヴォット》 ビゼンガリエフ(V)
《Allegretto on GEDGE》と《ガヴォット》ともにエルガーの音楽教室の生徒に捧げられた習作である。
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