愛の音楽家エドワード・エルガー

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 《エニグマ変奏曲》、《ゲロンティアスの夢》、《威風堂々》と次々にヒット作を産み出したエルガーは、1904年47歳の頃には世界的に有名作曲家となり、王室からナイト爵位を授かるまでになった。(1905年にはウースター名誉市民となり故郷に錦を飾っている。1911年にはメリット勲章(O.M.)を授与され、1923年に勲爵位(K.C.V.O.)、1931年准男爵(バロネット)に叙され、1933年に大十字章(G.C.V.O)授与、1924年には王室音楽主任に任じられるなど、作曲家としては空前の栄誉を得るに至った)
 ウースターに舞い戻った頃盛んに声楽作品に取り組んだ後、《エニグマ変奏曲》や《威風堂々》といった管弦楽作品で成功を収めたエルガーは、それらの作品を通してより一層磨かれた作曲技術を再び声楽作品に向ける。1903年にはオラトリオ《使徒たち(The Apostles, op. 49)》を作曲。これは、エルガーが学生時代より深い関心を抱いていたキリストの使徒たちを題材にしたオラトリオである。この題材は、1900年にバーミンガム音楽祭の実行委員会から作曲依頼があった際にも構想に入れていたものだが、時間的に余裕がなかったことを理由に作曲を断念している。1906年、その続編となる《神の国(The Kingdom, op. 51)》を作曲している。そしてエルガーは、これに続くオラトリオ3部作の最後として《最後の審判(The Last Judgment)》の作曲を計画していたが、結局《最後の審判》は完成することはなかった(後の《交響曲第3番》の第1楽章にその一部分を引用している)。しかし、これらは《ゲロンティアスの夢》のように世界的な成功をもたらすまでには至らなかった。それでも、合唱音楽が盛んなこの地方では、「スリークワイヤフェスティヴァル」の重要なレパートリーとして今でも頻繁に演奏されている。
 管弦楽では、1903年に夫妻で訪れたイタリアのアラッシオの風景に触発されて雄大な序曲《南国にて(In the South = Alassio, op. 50)》を1904年に作曲。これはエルガーの作曲技巧が余すところなく発揮された作品で、リヒャルト・シュトラウスの交響詩やワーグナーの楽劇の影響が見られる。曲中エルガーがアラッシオで耳にしたという民謡のメロディが引用されるが(実はエルガーの創作)、あまりにも美しいので独立した1曲として出版されている。それが《カント・ポポラーレ(Canto Popolare)》である。のみならず、更にこれにシェリーの詩をつけて《月光の中で(In Moonlight)》という1曲の歌曲として編曲されている。序曲《南国にて》は同年ロンドンのコヴェント・ガーデンで開かれた「エルガー・フェスティヴァル」で初演されている。

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 この頃、住んでいた「クレイグ・リー」の通りを隔てた場所に高い屋根を持つ家が建てられようとしていた。これが完成すると、この家から一望できるセヴァーン川流域の素晴らしい景観が損なわれてしまう恐れがあった。そうなったら、この「クレイグ・リー」に住んでいる価値が無くなってしまうと考えたエルガーは、自分の作曲家としてのステータスから考えても更にグレードアップした家を探す気になっていた(結果的にエルガーの心配は無意味であった。結局「クレイグ・リー」の前の高い家は完成しなかった)。そこで彼はヘリフォードのハンプトン・パーク・ロードにある邸宅「プラス・グィン」を見つけて、1904年の7月1日こちらに引っ越すことになった。「バーチウッド・ロッジ」は「フォーリ」に住んでいる頃より距離的に遠くなってしまっていため、ほとんど利用する機会が減っていたので前年の1903年に解約していた。
 「プラス・グィン」に住んでいた1904年から1911年までに作曲した作品は、行進曲《威風堂々》第3番(1904)と4番(1907)、《序奏とアレグロ(Introduction and Allegro for string quartette and string orchestra, op. 47 )》(1905)、オラトリオ《神の国》(1906)、《交響曲第1番(Symphony No.1 in A flat major, op. 55)》(1908)と《2番(Symphony No.2 in E flat major, op. 63)》(1911)、《ヴァイオリン協奏曲(Concerto in B minor for violin and orchestra, op. 61)》(1910)など。正にエルガー全盛期の「傑作の森」と呼べる時代である。
 エルガーの作曲年代は、大きく分けて3つの時代に分けられる。第1期は、最初の曲《ユーモレスク・ブロードヒース》作曲の1867年から《カラクタクス》作曲の1898年の、作曲家として認められる以前の早期。第2期が《エニグマ変奏曲》の1899年から《チェロ協奏曲》の1919年までの全盛時代。そして第3期がバッハの《幻想曲とフーガ》を編曲した1921年から最後の作品《ミーナ》作曲の1933年までの晩年(つまり妻アリスの死後)。この「プラス・グィン」時代は第2期の全盛期の中でも特に優れた作品の多い黄金時代に属する。

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 従って、この頃がエルガーにとって最も忙しい時期であった。王室などから依頼されて作曲したり、ロンドンへ出ていって指揮をしたりする機会が増えた(そのためロンドン市内に転々とフラットを借りていた)。しかし得た名誉に比べて、見た目ほど収入があったわけではなく、「プラス・グィン」という大きな家を維持するには無理があったようだ。
 この頃エルガーの趣味の一つが日曜化学であった。自宅の一室を「箱舟」と名付けた実験室に改造し、娘のキャリスとともに研究に明け暮れた。誤って爆発事故を起こしたこともあったが、いくつか特許を取るなどの発明にも成功している。
 1905年作曲の《序奏とアレグロ》は、英国伝統の弦楽奏の流れを汲む作品で、弦楽四重奏と弦楽オーケストラで演奏される。エルガー自身も大変気に入っていたようで「あれは出来がよい」と語っている。当初はイェーガーの「とても速いスケルツォを作曲しては」という提案が作曲の始まりであった。西ウェールズで耳にした民謡がモチーフとして扱われ、曲は生き生きとした生命感が溢れ、英国独特の田園風景を描写するかのようだ(当初この曲は序曲《ウェールズ》として完成されるはずであったが、それは果たされなかった)。特に後半のフーガは緻密の極地を極める。1905年に米国のエール大学の名誉教授に叙されたエルガーは、この曲を同大学のサンフォード教授に献呈している。
 そして1908年には、《交響曲第1番》が完成する。それは英国音楽シーンにおいても歴史的な出来事だった。これまでも英国産の交響曲としては、サリヴァン、スタンフォード、パリーらの作品が存在してはいたが、いずれも海を渡って大陸に名を轟かす存在にはなり得なかった。初演は1908年ハンス・リヒターの指揮によって行われ、その「真の友人であり、芸術家である」リヒターに献呈された。緩除楽章に関してリヒターはこうコメントしている。「ベートーヴェンが書いた緩除楽章のようだ」 それは、ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、ブルックナーといったドイツ音楽演奏の最高権威の口から発せられた最大級の賛辞を意味していた。同じく大指揮者のアルトゥール・ニキッシュはこの曲を「ブラームスの《第5》」とコメントしている。特に全曲を通じて表れるモットー主題は、《威風堂々第1番》のトリオ同様、"Nobilmente"の指定通り高貴な気品に溢れ、エルガーの作風を代表するものとなっている。第2楽章のスケルツォは「川べりに下りた時に耳にする風に揺れる葦の音をイメージして演奏してほしい」とエルガーがオーケストラの楽員によく語っていた言葉通りの曲相である。第2楽章のスケルツォと第3楽章のアダージオの主題が同じ音符を使用しながら両楽章の印象が全く違って聞こえるのが見事である。初演以来この曲は1年間で、世界中で100回程演奏されたという伝説を築いた。
 続く《交響曲第2番》は、エルガー54歳の1911年に書かれた。前年エルガーの庇護者的存在であったエドワード7世が崩御してしまう。王に捧げるはずであったこの曲は、結局追悼曲となってしまう。特に第2楽章は葬送行進曲を思わせるものがある。一つの時代の変革期を迎えようとしていたのであろうか、エルガーの作品は前時代の遺物という風潮が聞かれるようになって《交響曲第2番》の初演は失敗に終わってしまう。《交響曲第1番》の成功の後での出来事だけにエルガーは大きなショックを受けた。この曲の真価が認められるにはもう少し時間が必要だったのだ。しかし、1920年にエイドリアン・ボールトの指揮によって行われた演奏によって、この作品の真の価値が認められるようになった。
 一般受けしやすい《第1番》に比べて「深み」という点においては《第2番》に軍配があがるので、《2番》の方がより傑作であると評価する声も多いのは事実である。よりストレートな《1番》に比べて若干屈折した表現なので、良さを理解するには多少の聞き込みが必要なのかも知れない。スコアには詩人パーシー・ビッシー・シェリーの「めったに、めったに来ない、喜びの聖霊よ」という言葉がつけられている。
 《ヴァイオリン協奏曲》は53歳の時1910年に作曲された。「Aqui esta encerrade el alma de ・・・・・(ここに・・・・・の魂がこめられている)」という謎の言葉がスペイン語で記されている。この「・・・」は、この曲を作曲した頃知り合い、エルガーが亡くなるまで友情が続いたアリス・ステュワート・ワートリー夫人ではないかと言われる。彼女はラファエル前派の画家ジョン・エヴァレット・ミレーの娘であり、彼女の夫は政治家のチャールズ・ステュワート・ワートリーであった。エルガーと彼女は不思議な関係にあった。彼女はエルガーの音楽の熱烈な信奉者であり、エルガーは彼女をウィンドフラワー(アネモネ)と呼び、度々手紙をやりとりしていたが、妻のアリスは2人のそんな関係に理解を示していた。《エニグマ変奏曲》第13変奏*.*.*でも候補に挙がったエルガーの元婚約者ヘレン・ウィーバーの名前も挙げられるが、作曲時期の前後のいきさつから考えて、ここはウィンドフラワー説が最有力と言われる。珍説では、指揮者のロジェストヴェンスキーの説、「これはエルガー本人のスペイン風の呼び名、すなわち『El Gar(エル・ガー)』だよ」という、エルガーのスペイン趣味に引っかけたジョークもある。
 曲はヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーに捧げられ、クライスラーの独奏、作曲者の指揮により初演が行われている。この曲のソリストは技巧の限りを求められるように作曲されており、カデンツァではエルガーが発案したという「エルガー・トレモロ」という新しい技法が取り入れられているなど斬新なものとなった。その他、エネスコがメニューインに「実に英国的だ」と語った第1楽章の第2主題(通称ウィンドフラワー・テーマ)や、情緒あふれる第2楽章など聴き所の多い傑作となった。

 

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〔参考CD〕
*《使徒たち》 ボールト指揮/ロンドン・フィルほか
 《ゲロンティアス》に続くエルガーの3大オラトリオの第2弾。聖書に基づくストーリーで、キリストが十字架につけられた後復活までを描く。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/56yfqy
*《神の国》 ボールト指揮/ロンドン・フィルほか
 《使徒たち》に続く物語。イエス昇天後の使徒たちの布教を描く。他にスラットキン盤とヒコックス盤があるが、ここは格調高いボールト盤を採りたい。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/56q377
*序曲《南国にて》 シノーポリ指揮/フィルハーモニア管
 シノーポリによって稀有壮大な演奏に仕上がっている。エルガーらしさからは逸脱した感が否めないが、これはこれで成功した例だろう。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/56o9y9
*《カント・ポポラーレ》 加藤知子(V)
 加藤知子による繊細で細やかな演奏が、この曲の美しさを引き立てている。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/68ft6m
*《月光の中で》 C・W・ロジャース(MS)ほか
 エルガーの声楽作品でキラリと光るものを感じさせるロジャースは今後期待が持てる。
*《序奏とアレグロ》 ボートン指揮/イングリッシュ・ストリング管 
 ウェールズの風景がインスパイアされているといわれるが、英国の田園風景そのものを描写したかのような曲である。モールヴァンを本拠にするボートンの演奏は雰囲気がよく出ている。
*《交響曲第1番》 トムソン指揮/ロンドン・フィル
 【作品紹介6】参照。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/5ebfre
*《交響曲第2番》 バレンボイム指揮/ロンドン・フィル
 【作品紹介7】参照。筆者はバレンボイムを「エルガー指揮者」として認めていない。にもかかわらずこの《第2》の演奏だけは素晴らしい。雄大な表現でディティールも細かく、とにかく暖かく共感あふれる演奏なのだ。「非エルガー指揮者」が成し遂げた数少ない成功例と言える。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/6osjzn
*《ヴァイオリン協奏曲》 エルガー指揮/メニューイン(V)
 【作品紹介4】参照。
Amazon.comの短縮URL http://tinyurl.com/6h8l7r

傑作の森記事一覧

大英図書館がエドワード・エルガーの序奏とアレグロの破れた草稿を入手とthe Guardian紙が伝えた。1930年に作曲家がスケッチブックから削除していた「序奏」と「弦楽のためのアレグロ」のスケッチを独占公開エドワード・エルガーの傑作の破れた下絵を取得 1930年に作曲家がスケッチブックから削除した「序奏」と「弦楽のためのアレグロ」1930年に作曲者自身の手によって破かれた手書き楽譜の断片を大英図...

1932年、当時16歳のメニューイン少年は、エドワード・エルガーの指揮により《ヴァイオリン協奏曲》の録音をアビー・ロード・スタジオにて行った。当初、この曲はエルガーがクライスラーに献呈したもので、クライスラーとの録音を考えていたのだが、都合がつかず、急遽このメニューインに白羽の矢が立てられたのだった。録音の数日前巨匠の前で初めて演奏した時のことをメニューインは回想している。第2主題の部分まで弾くと...

  エルガー /ヴァイオリン協奏曲、ヴォーン・ウィリアムズ:あげひばり ハーン、デイヴィス&ロンドン響(DG)これまで、エルガーのチェロ協奏曲がジャクリーヌ・デュ・プレの影響もあり「女流演奏家でなければ名演が生まれない」みたいな言われ方をされていた。同時にヴァイオリン協奏曲にも、メニューインの影響かどうか、「女流奏者はどうも・・・」というような風潮もあった。これまでに録音した女流といえば、マリー・...

グラッファン盤に関することヴァーノン・ハンドリー指揮、フィリップ・グラッファン独奏によるエルガーの「ヴァイオリン協奏曲」。フリッツ・クライスラーに捧げられたこの作品は、1910年の初演時には既にクライスラーによる編曲が入り込んでいたとグラッファンは主張しており、グラッファンによる演奏は、クライスラーによって成された表現などを一切廃した、よりプレーンな状態の演奏を自筆譜から再現している。グラッファン...

稀代の大ヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツによるエルガーのヴァイオリン協奏曲。見事な演奏である。全く非の打ち所がないほど素晴らしい演奏だ。この曲の名盤の候補として必ず名前が上がるほど有名な録音である。伴奏に回っているサージェントの指揮までもがハイフェッツに合わせてか非常にタイトなスタイルになっている。これもいつものサージェントではない。まるでトスカニーニみたいだ。演奏速度はおそらく史上最速だ...

エルガーのヴァイオリン協奏曲のタイムテーブル。2006年ごろで更新は止まっているが、平均速度のデータとしての参考にはなると思う。よく言われる「エルガーのヴァイオリン協奏曲は50分超えの大曲」という表現は厳密には正しいと言えないかもしれないと思っているので、私は絶対この表現は口に出さないようにしている。50分を超える演奏は実はそれほどなくて、最長でボールト指揮、ヘンデル独奏の55分で、あとは数種類あ...

2023年5月14日 東京芸術劇場読売日本交響楽団 第257回 日曜マチネシリーズ沖澤のどか指揮、三浦文彰独奏エルガー ヴァイオリン協奏曲 ロ短調 作品61ジャッジは以下のようになった。基準となるものは、技術はもちろんのこと、エルガー作品への共感度。過去の名演奏の数々、エルガー指揮メニューイン独奏盤やボールト指揮、メニューイン盤やデイヴィス、ハーン盤などが比較対象になるので厳しいものになるのである...

東京交響楽団 川崎定期演奏会 第92回ミューザ川崎シンフォニーホール2023年07月15日(土)出演指揮:ジョナサン・ノットヴァイオリン:神尾真由子採点曲目エルガー:ヴァイオリン協奏曲 ロ短調 op.61ジャッジペーパーConductor=Excellent=5Solist=Very Very Good=4.5Orchestra=Excellent=5Seat Location=Avarage=3...

エルガーの仕込んだ謎について考えるのは楽しい。有名なのはエニグマ変奏曲に仕込まれた謎だろう。なにしろ曲名そのものが謎という意味なのであるから。実はヴァイオリン協奏曲にも似たような謎がある。スコアにスペイン語で書かれた「Aqui esta encerranda el alma de ・・・・・(ここに・・・・・の魂を込める)」という言葉。エニグマ変奏曲の第13変奏は***というようにアスタリスクが3...

エルガーの作品生成の過程において影響を与えた女性は何人かいる。その中で比較的資料も少なくミステリアスな存在なのがジュリア・ワーシントン。ジュリア・アプガー・ヒデン・ワーシントンは1857年5月21日ニューヨークにて生まれ1913年6月8日に63歳にて没している。1857年生まれということはエルガーとは同じ歳ということになる。1905年、エルガーはアメリカのエール大学で名誉教授の称号を与えられて受賞...

マリー・ホールの名前と写真をふと見て聴きたくなった録音。エルガーのヴァイオリン協奏曲。1916年に行われた、同曲初の録音である。指揮しているのが作曲者自身でここでヴァイオリンを弾いているのがマリー・ホールだ。日本ではほとんど知られていないヴァイオリニストだし、残されている録音の数も極めて少ない。情報はとても少ないのであるが、我々エリガリアンにとっては特別なヴァイオリニストである。エルガーの生徒の中...

エルガーの魅力は緩除楽章にあり・・・・。エルガーのその誠実で温かなパーソナリティが伝わってくる作品。それは愛のあいさつであり、朝の歌、ソスピリ、弦楽セレナーデなど。共通するのはアンダンテやアダージョといった遅いテンポの曲想であることがよくわかる。このヴァイオリン協奏曲には、エルガーのあふれるばかりの愛がこめられている。タスミンの演奏は正にエルガーの愛を十分に感じ取り、やさしく丁寧に音にして紡ぎだし...

2004年ころにFMで放送されたエアチェック音源であるが、五嶋みどりがエルガーのヴァイオリン協奏曲を演奏している。指揮はアンドリュー・デイヴィスでライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団により、2003年4月25日ライプチヒゲヴァントハウスで行われた。五嶋みどりのエルガーといえば、フランクのソナタとカップリングされたエルガーのヴァイオリンソナタの名録音がある。彼女がもし協奏曲も録音してくれたならそざか...

エドワード・エルガーは1932年に自作ヴァイオリン協奏曲の録音を行った。この時、ソリストに迎えられたのは当時16歳のユーディ・メニューイン少年。そのメニューインの演奏を審査(?)するために彼らは顔を合わせた。メニューインは老作曲家の前でヴァイオリン協奏曲のソロの出だしを緊張しながら弾いてみせる。そこでエルガーはこう言ったという。「うん、何も問題ない。それで行こう」とだけ言うと楽しみにしてた競馬観戦...

 エルガーといえば、第2の国家ともいうべき《威風堂々》を作曲しているだけあって保守的でガチガチの愛国主義者の典型と思われる傾向がある。しかし、彼の作品には不思議な2面性が存在することに気がつく。 エルガー自身の人生においても激しい葛藤があったことが、ケン・ラッセルの「ある作曲家の肖像/エルガー」(1962年BBC制作)の中でも描かれている。自分の気持ちを曲げてまでも、作曲家として認めてもらうため、...

日時:2001年11月16日(金)会場:サントリーホール(東京)曲目 モーツァルト/魔笛序曲    ベートーヴェン/交響曲第2番    エルガー/交響曲第1番指揮:サー・ロジャー・ノリントン管弦楽:シュツゥットガルト放送交響楽団 これまでノリントンという指揮者を過小評価し過ぎていたということを思い知らされた演奏だった。どちらかというと同じ古楽畑のガーディナーやアーノンクールという人たちの派手な活躍...

1980年6月30日 日本フィルハーモニー交響楽団がジェームズ・ロッホランを招いてエルガーの交響曲第1番の日本初演を行った。エルガーの交響曲第1番は1908年にハンス・リヒターの指揮により世界初演が行われている。この初演は大成功で、これを受けてその後、1年間に約100回程度演奏されたという。このカウントに関して文献によって80数回と書かれたものもあれば100回以上と書かれたものもあるが、これは多分...

その1尾高忠明はエルガー交響曲第1番の演奏回数が世界一多いそうである。。個人的にエルガーの1番の生演奏の中でも最高の一番が、かつて尾高氏がBBCウエールズ響を率いての来日公演をサントリーホールでやった時である。あれから何度も尾高氏の演奏する同曲を耳する機会があった。聴くたびに変化があったりする。ある時、楽屋での雑談でそういうお話を尾高氏にしてみると、やはり本人もそのことは意識しているとのことだった...

ロンドン響との来日公演においてエルガーの交響曲第1番の素晴らしい名演を繰り広げたサー・コリン・デイヴィス。実演で接した同曲としては3本の指に入る名演奏だったと記憶している。その日本公演の直前にLSOシリーズとしてエルガーの交響曲の録音を行い、こちらもまた端正な仕上がりにノーブルの極みの名録音となっているのは周知の事実だ。彼の指揮によるこの曲は実に3種類に及ぶ。最初に1985年にBBC響との演奏によ...

2023年6月29日 東京サントリーホール山田和樹指揮、バーミンガム市交響楽団エルガー:交響曲第1番のジャッジペーパーConductor=Very Good=4Orchestra=Very Good=4Seat Location=Avarage=3Audience=Very Good=4Pablicity=Avarege=318点/25点満点中 72%/100山田和樹指揮によるエルガー交響曲第1番...

2023年7月2日東京オペラシティ尾高忠明指揮、パシフックフィルハーモニア東京エルガー:交響曲第1番ジャッジペーパーConductor EXcellent 5Orchestra VG 4Seat location 4Audience 4Pablicity 320点/25満点中80%/100御大降臨!としか言いようがない。贔屓ではなく純粋に言って世界一のエルガーだと思う。尾高のエルガー1番を初めて聴...

2024年7月8日東京オペラシティ大友直人指揮、東京交響楽団エルガー:交響曲第1番ジャッジペーパーConductor EXcellent 5Orchestra VG 4Seat location 4Audience 4Pablicity 421点/25満点中81%/100エルガー没後90周年の企画として注目の一番といえる大友直人指揮、東京交響楽団によるエルガー交響曲第1番の演奏。聞けば大友が同曲を...

水星交響楽団 第68回定期演奏会2024.10.27(日)ミューザ川崎シンフォニーホールアルフレッド・ニューマン:20世紀FOXファンファーレジョン・ウィリアムズ:映画「スター・ウォーズ」より*1.メイン・タイトル2.ジェダイへの階段〜フィナーレ (エピソードVII フォースの覚醒)3.運命の闘い(エピソードI ファントム・メナス)4. アクロス・ザ・スターズ(エピソードII クローンの攻撃)5....

読売日本交響楽団 第425回定期演奏会2004年3月20日 サントリーホールパーセル(ブリテン編):シャコンヌブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエムエルガー:交響曲第1番 変イ長調 指揮/ジェフリー・テイト コンサートマスター/デヴィッド・ノーラン 読響の演奏するエルガーといえば、かつてジャック・デラコートが同オケをして交響曲第1番を演奏したのを聴いたことがある(1998年)。正直、その時の印象は...

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮、ボーンマス響によるエルガーの交響曲第1番。1966年の録音。購入したのも記憶にないくらいで聴いたかどうかすら記憶にないもの。おそらく「レコ芸」でライターをやっていた時代に「海外盤試聴記(のちの海外盤レビュー)」に寄稿するための一枚だと思われる。記憶にないというのは、この時はおそらく他のライターさんが先に書くことが決まっており書けなかったのではないかと思う。「レ...

【作品データ】1 - Allegro vivace e nobilmente; 2 - Larghetto;3 - Rondo (Presto); 4 - Moderato e Maestoso.演奏時間:約55分初演:1911年5月24日会場:クィーンズ・ホール指揮:エドワード・エルガー管弦楽:クィーンズ・ホール管弦楽団献呈:エドワード7世【失敗に終わった初演】 第2交響曲の初演は1911年5月...

「本当の音楽は155番以降から始まる」エドワード・エルガーが交響曲第2番に関してジョン・バルビローリに語った言葉である。交響曲2番4楽章の終盤、曲は静かに収束へと向かう中、弦楽器群やハープなどの美しいアルペッシオに彩られる。聞こえてくる音楽の美しさのみならずスコアに書き落された視覚的な美しさも筆舌に尽くしがたい。エルガーの音楽の特徴の一つが第一楽器群と第二楽器群の掛け合いが多いことである。エルガー...

2002年6月8日 サントリーホール東京交響楽団 第493回定期演奏会エルガー/交響曲第2番サン=サーンス/ヴァイオリン協奏曲    指揮:大友直人    ヴァイオリン:レジス・パスキエ 2002年のエルガー2番ラッシュ最大のヤマ場とも言える大友/東響による演奏は、先日聴いたロッホランとは演奏のタイプが異なるために一概に比較することはできないが、それを上回る深い感動をもたらす素晴らしいものであった...

思い出のエルガー・コンサートへのタイムスリップ2007年7月8(日)東京芸術劇場シリーズ 第93回指揮=大友直人ヴァイオリン=ネマニャ・ラドゥロヴィッチ《エルガー生誕150年記念》エルガー/ペイン補完:行進曲「威風堂々」第6番チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35エルガー:交響曲 第2番 変ホ長調 作品63エルガーの2つの交響曲は、ある意味非常に対照的である。ひたすら前向きで明るい...

日時2013年10月4日 (金) 19:00 開演 (18:30 開場)会場東京オペラシティ コンサートホール出演指揮: 大友 直人チェロ: 横坂 源オーケストラ: 群馬交響楽団プログラムエルガー: セレナード ホ短調 作品20エルガー: チェロ協奏曲 ホ短調 作品85エルガー: 交響曲第2番 変ホ長調 作品63不思議なことに日本ではエルガー交響曲第2番5年周期説というものがある。エルガー2番が演...

2023年1月29日大友直人指揮、東京交響楽団エルガー交響曲第2番備忘録大友さんのエルガー交響曲第2番を初めて聴いたのが1997年。以来氏の指揮する同曲はほとんど会場に足を運び続けてきた。その20年以上に及ぶ経過をリアルタイムで見続け、聴き続けてきた。今回もまた過去と同じような仕上がりの純度が極めて高い。P席から見る指揮者の動作。いつも以上に煽りに煽った大友さんの指揮姿がよく見えた。彼の左手が雄弁...

1993年10月ストラットフォード・アポン・エイヴォンのスワン劇場にて、王立シェイクスピア劇団によって「エルガーのロンド」(デヴィッド・ポウナル脚本、アレク・マッコーエン主演)という奇妙な演劇が上演され、翌年にはロンドンのウェストエンド劇場でも上演されている。これは交響曲第2番の第3楽章に秘められたエルガーの心の暗い葛藤と不安を描いた抽象劇。彼の作風には1910年のヴァイオリン協奏曲と1911年の...

エルガーが作曲家として世界的名声を獲得することになった出世作「エニグマ変奏曲」は当時交流のあった友人たちを描いたポートレイトともいうべきユニークな作品である。発表当時エルガーはそれらの曲がだれを指すのかを明らかにしなかったので、その謎解きに注目が集まった。ゆえにサブタイトルとしてFriends pictured withinと表示された。同じように、彼の交響曲第2番の中にも合計で6人もの人物が隠さ...

2017年3月5日 アムステルダムコンセルヘボウを指揮したサー・ジョン・エリオット・ガーディナーによるエルガー交響曲第2番。素晴らしい名演だ。バッハやヘンデルなどの古楽演奏の専門家と見られがちなガーディナーのエルガー?と意外に思われるかもしれない。しかし、彼は昔からここ一番という時にエルガーを演奏してきた。さすが英国人である。ウィーンフィルとのエニグマ変奏曲を聴いてみてもらえばわかる通り彼のエルガ...

事の始まりはMaichael Grundyの著書「Elgar's Beloved Country」にこんな記述があった。「指揮者のロッホランが(エルガー・バースプレイスに)訪ねて来た時のこと、彼は《交響曲第2番》の自筆譜に2時間以上もかぶりついていた。近々、同曲を指揮することになっているらしく何か困っている様子であった。印刷されている楽譜に記されている、ある部分のクレッシェンドの指定がどうしても思...

エルガー交響曲第2番、尾高さん指揮、都響を聴きに行く。この曲は1911年の完成であるが、実際にはエルガーはアイデア自体もっと前から温めていた。1904年にエルガー一家がイタリアのアラッシオでバカンスを過ごした際のことを同行したローザ・バーリーが著作である「エドワード・エルガー交友録」に記している。このアラッシオ滞在中にエルガーが盛んに口ずさんでいたメロディがあったという。彼女は交響曲第2番の初演を...

泣き節全開!広上のエルガー2番・・まるで演歌 2002年10月19日 新日本フィルハーモニー交響楽団すみだトリフォニー・シリーズ   エルガー/交響曲第2番   ウォルトン/ヴァイオリン協奏曲指揮:広上淳一独奏:竹澤恭子管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団 今年2002年、日本ではなぜかエルガーの交響曲第2番のラッシュが続いた。まず2月にアマオケのお茶の水OB管弦楽団による演奏に始まって、札響と...

2025年1月17日 (金)サントリーホール指揮:山田和樹ヴァイオリン:周防亮介エルガー:行進曲《威風堂々》第1番 ニ長調 op.39-1ヴォーン・ウィリアムズ:揚げひばりエルガー:交響曲第2番 変ホ長調 op.63Conductor=Excellent 5Orchestra=Very nice 4Audience=Very nice 4Publicity=Very nice 4Elgar sym...

エルガー交響曲第2番に関してのナゾ・・というほどのものでないが、以前から「なんでかな?」と不思議に思っていたこと。この曲の名演奏としてバルビローリとボールトの2大巨匠による録音は永遠に色褪せることはないだろう。そのボールトのEMIからリリースされたスタジオ録音。これも超名演中の名演である。第2楽章の70番。オーボエソロが朗々と歌い上げる場面。オーボエ奏者にとってはこれほど「美味しい」部分はないだろ...

エルガー交響曲第2番は1911年の完成であるが、実際にはエルガーはアイデア自体もっと前から温めていた。1904年にエルガー一家がイタリアのアラッシオでバカンスを過ごした際のことを同行したローザ・バーリーが著作である「エドワード・エルガー交友録」に記している。このアラッシオ滞在中にエルガーが盛んに口ずさんでいたメロディがあったという。彼女は交響曲第2番の初演を聴いた際にエルガーが口ずさんだメロディが...

サカリ・オラモ指揮、王立ストックホルム管によるエルガー交響曲第2番。オラモのエルガーといえば、BBCプロムスなどで幾多のエルガープログラムを取り上げ、その演奏には十分定評がある。特に彼の指揮する「使徒たち」などは恐ろしいほどの名演だった。これまで彼の指揮するエルガー作品がリリースされなかったことが不思議なくらいだ。ここに聴かれる交響曲2番の流麗な響きは、かのプレヴィンを上回る。軽い響きではあるがし...

1947年、ロイヤルカレッジにてサー・エイドリアン・ボールトはに、エルガーの交響曲第2番の第4楽章について次のように語った。「 第4楽章後半の頂点(練習番号)165の後の8小節で、便宜的にオルガンを8小節分追加することも可能である」。楽章開始から10分ほどの「喜びの精霊」のテーマが最後に出てきてディミヌエンドする部分にあたる。しかし、不思議なことにボールト自身の録音では、オルガンを入れていないのだ...

エドワード・エルガーの作品には、ある時期を通じて作風というか作品の趣がガラリと変化することに以前から気になっていた。彼の作品の創作時期を分ける分け方は研究者によっていろいろなやり方がある。最も一般的として大きく分けると3つに大別することができる。まず、初期として、エルガー最初の作品として位置付けされるユーモレスク・ブロードヒース作曲の1867年から 「カラクタクス」作曲の1898年まで。そして、エ...

エルガーのスターライトエキスプレスはよほどのエルガー好きでなければこの曲の存在自体知られていないマイナー作品である。1915年ころに作曲した演劇のための音楽。エルガーは幼少の頃からこの手の音楽作りを続けており、これも肩の力が抜けた実に楽しい音楽に仕上がっている。彼が嬉しそうに曲作りを楽しんでいたのがよくわかる。系統でいうと、正に「子どもの魔法の杖」組曲とか「子ども部屋」組曲みたいな感じ。今日ほとん...

Nobilmenteとは「高貴な」とかというような意味合いで使われる音楽用語で作曲家エルガーが好んでこの言葉を楽譜に書き入れたことで知られる。そのため、このノビルメンテという言葉はエルガーの代名詞ともなっている。ところが、エルガーがこの言葉を書き込むようになったのは、彼のキャリアの中盤以降のこと。もっと詳しくいうなら1901年以降である。調べてみたら、エルガーが最初にこのNobilmente と書...

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